今から5年前、中嶋勝彦は新時代を宣言した。2016年10月23日、横浜文化体育館で鈴木軍と共闘していた杉浦貴からGHCヘビー級王座を奪取して「俺がベルトを獲ったことで、新しい秒針が動いた!」と宣言して新体制になったばかりのノアの若き旗手になった。
その後、2004年デビュー同期の潮崎豪相手にV4に成功した時、中嶋は「俺たちはまだ美味しくないから。俺たちの世代は今日の試合をきっかけに美味しくなると信じてます」と発言。これは腰を上げない“ある選手”に向けての言葉だった。ある選手とは、もちろん“方舟の継承者”丸藤正道だ。
さらに防衛を重ねる中で「俺は上の世代とずっとやりたいって言ってるんで、早くこっちを向いてほしい。俺の中ではこのベルト獲って、やりたいことは何一つ成し遂げられてない。俺がやりたいのは、上の世代を壊すこと。いい意味で壊して、もっとこのノアを活性化して盛り上げていく。その時が来るまで、このベルトを守り続けたい」と口調は激しさを増した。
そして17年7月27日の後楽園でブライアン・ケイジ相手にV7に成功。これは三沢光晴と並ぶ歴代5位の防衛記録だ。それでも丸藤が腰を上げることはなく、中嶋は「俺がこのベルトを輝かせて、俺がホントにやりたい奴を振り向かせるまで、このベルトを守り続ける。そうじゃないと、俺の本当のスタートは始まらねえ!」と感情を露にしたが、8月26日の後楽園でエディ・エドワーズに敗北。丸藤を引っ張り出す前に陥落してしまったのだ。時代を掴み損ねたのである。丸藤が新王者エディに真っ先に挑戦表明したのも屈辱だった。
それから4年が過ぎての今回のGHC戦。近年の両者の対決は18年のグローバル・リーグ戦公式戦も、昨年のN―1公式戦も中嶋が勝っているが「GHC戦という舞台で丸藤に勝つ」ことが重要なのだ。史上初のN―1連覇を成し遂げ、この舞台を掴んだ中嶋は「やっと、あなたのところに来ましたよ」と言った。一方、丸藤は「今言ってしまえば、(王者時代の中嶋は)食べるに値しなかった。チャンピオンであっても、美味しくなさそうだった。今の方がよっぽど美味しそう。美味しいものが大好きなので、食べ尽くしたい」と語った。
2人のGHC戦は14年7月21日に博多スターレーンで丸藤に中嶋が挑戦して以来。ただし、この時は王者の丸藤から指名したもの。頑張っている新世代にチャンスを与えたという形だった。それから7年経って、中嶋はようやく対等の立場で丸藤の前に立ったのである。
試合はこうした2人の過去の経緯を知らなくても凄さが伝わる大勝負になった。いくらでも大技の攻防ができる両雄だが、試合は研ぎ澄まされた打撃戦と読み合いに。まさに瞬きもできない緊迫した戦いになった。20分過ぎには丸藤がエプロン上にブレーンバスターの体勢で中嶋の脳天を突き刺し、さらにパイルドライバー。リングに戻ると前方回転式不知火、正調・不知火で追い詰めるが、中嶋の心は折れない。
25分、今度は中嶋がヴァーティカル・スパイク、さらにダイヤモンド・ボムで勝負に出ようとしたが、丸藤はこれをコブラクラッチ式三角絞めに切り返し、パーフェクト・キーロックで10分過ぎに中嶋が痛めた左腕を殺しにかかり、タイガー・フロウジョン!
30分を過ぎても2人はチョップとミドルキックを打ち合って一歩も引かず、試合は35分を超えた。丸藤は虎王を炸裂させると、前のめりに崩れた中嶋の耳を持って起こし、虎王・零を狙うが、中嶋は何とそこから丸藤を肩に担ぎ上げるとダイヤモンド・ボムで逆転し、さらに右ハイキックから渾身のヴァーティカル・スパイク! 37分38秒、遂に中嶋は丸藤超えを果たして4年ぶりにGHCヘビー級王座を手にした。
「丸藤正道から獲った。意味わかるか? 時代が動くぞ。俺が動かしてやる。俺、中嶋勝彦…俺がノアだ」と言い切った中嶋。4年前には時代を動かせなかったという思いがあるだけに重い言葉だ。早くも10月30日の福岡国際センターで田中将斗との初防衛戦が控えている中嶋。今度こそ時代を動かすことができるか…33歳の新王者から目が離せない。
文/小佐野景浩