経済誌『プレジデント』が運営するウェブメディア『プレジデントオンライン』は24日、『「お前らを漁師に戻す」ソマリアの海賊をあっという間に消滅させた"すしざんまい社長"の声かけ』というタイトルの記事を削除したことを明らかにした。
『プレジデントオンライン』によれば、記事は人材育成コンサルタントとして活動する黒木安馬氏の著書『雲の上で出会った超一流の仕事の言葉』(あさ出版)の「一部を再編集」したもので、文中に出てくる、米『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌に掲載されたといった事実はなかったのだという。
“木村社長がソマリアの海賊を消滅させた”といった話は6年にも話題になり、否定されていた経緯がある。すしざんまいの公式サイトには「正しくは現地で海賊が生まれる原因をなくし、海賊をしていた彼らが今後暮らしていくための手助けをした」とあり、同社の広報も『ABEMA Prime』の取材に対し「何年かごとにこの話題が出てきている」と話している。
急増する、書籍の一部を抜粋して作成したウェブメディアの記事や、さらにそれを元にしたマスメディア・ウェブメディアによる企画。番組では、国際大学GLOCOMの山口真一准教授と『東洋経済オンライン』の編集長を務めた経験を持つ東洋経済新報社・会社四季報センター長の山田俊浩氏を交えて議論した。
■「“いい話”であれば、つい評価をしてしまう読者も多いのではないか」
今回の騒動について、山口准教授は「そもそも出版社と著者が『ハーバード・ビジネス・レビュー』と別のメディアを混同してしまっているのもやってはいけないことだが、『プレジデントオンライン』も“書籍にもなっているから事実”と甘く考えてしまったことも、メディアとして問題があると言わざるを得ない。編集長が公式アカウントで事実関係や今後の対応について説明をしていたし、記事を迅速に撤回・謝罪した一連の対応も良かったと思う。ただ、6年前に話題になった際にも数々の疑問の声が上がっていたわけだし、事実を確認しようと思えばいくらでも確認することはできたはずだ」と指摘する。
「書籍というのは、ある意味で著者が言いたいことを言える場で、科学的なチェックが行われていないケースもあるので、明らかなフェイクを扱っていると思われるものでも出版されている。そして、書籍であれば買った人にしか読まれないので、仮にフェイクが含まれていたとしても、そこだけで閉じられてしまう。ただ、それを他のメディアが流せばフェイクの拡散に寄与してしまうことにもなるので、記事化する時点で内容は精査した方がいいし、そのためのリテラシーを高める必要もあると思う。
加えて、『プレジデントオンライン』の記事が配信されている『Yahoo!ニュース』の場合、配信元に支払う配信料の算定を、PV(閲覧数)だけでなく記事本文の下にある“学びがある”“新しい視点”などの評価を読者がクリックした数に応じて変えようという話になってきている。いい取り組みだと思う反面、今回の記事のような“いい話”であれば、つい評価をしてしまう読者も多いのではないか。そういう難しさ、悩みも同時にあるだろう」。
■「再発しないためのチェック体制を作らなければならない」
一方、山田氏は「ネットが悪者にされがちだが、今回はネットで拡散してしまった結果、みんなが誤りを指摘してくれてもいるわけだ。例えばAmazonのランキングを見てみると、新型コロナワクチンに関して間違った本も上位にきてしまっている。その点、『プレジデントオンライン』に載ったおかげで“この本はちょっと疑ってかかった方が良い”ということが伝わった。その意味では、ネットが役割を果たしたと思いたい。また、『プレジデントオンライン』へのダメージとしては、素早く対応したこともあって、年が明けてしまえば忘れられるぐらいのものだと思う」との見方を示しつつ、次のように指摘した。
「もちろん出版社から広告掲載料をもらって配信しているわけではないが、削除されたようなタイプの記事は、メディア間での“お互い様”という形でやっている、ある意味でAmazonへのリンクを貼った“書籍のプロモーション記事”だ。だから私が『東洋経済オンライン』を担当していた時には、これは『Yahoo!ニュース』などと同じ“プラットフォーム”になるよな、と考え、あくまで転載であることを明記し、編集もしないようにしていた。また、配信するための最低限の条件として、批判的精神で内容を見て怪しいものは載せないことを心がけ、いくつか引っかかった場合には出版社に対し“掲載しませんよ”と厳しい対応を取るようにしていた。
今回の記事の元になったのは、筆者が国際線のチーフパーサー時代に松下幸之助さんなど、様々な人から聞いた面白い話という書籍だったので、編集者としても、そこまで厳密なチェックをしなくていいやと思ってしまったのではないか。また、先ほども言ったとおり、自分たちのPVのためではなく、あくまでも“プロモーション”の記事なので、本来であれば“ブレーキ”をかけなければならない。それが実際には“こうすれば読まれるかな”と少し味付けをしてしまう衝動にかられてしまう編集者もいる。そうしたことが、今回のような問題につながったのだろう。プレジデントさんはすごくブランドのある出版社なので、間違ったものを載せれば信頼が落ちてしまうことになる。素早い対応だけでなく、再発しないためのチェック体制を作らなければならない」。
■本を書いた立場からすると、非常に有り難い
番組の司会進行を務めるテレビ朝日の平石直之アナウンサーは、まさに『プレジデントオンライン』で自著『超ファシリテーション力』からの抜粋記事の掲載がスタートしたばかりだ。
「私の記事も、『「ひろゆきの質問に大物政治家がキレる」そんな激しい議論を制するシンプルな"あるフレーズ"』というキャッチーな見出しで配信されている。私の名前で書かれていることにはなっているが、実際には本から引用している形なので、私は出版社とプレジデントオンラインの編集者が決めたタイトルなどをチェックしているだけだ。内容に誤りはないし、面白いので読んでいただきたい(笑)。
本を書いた立場からすると、本屋さんに入っても手にとってもらえなければ中身は伝わらないし、そもそも街の本屋さんそのものが減っている。そういう中で、キャッチーな見出しで宣伝してくれる。しかも『プレジデントオンライン』や『東洋経済オンライン』などに掲載されれば箔がつくので、非常に有り難い話だ。
もちろん私は原稿料をもらっていないし、出版社も広告掲載料を払ってはいない。それでも本のことを広めてもらえるので、ウィンウィンだ。本を売りたい出版社、PVを稼ぎたいウェブメディアとしても、大きな柱になるんだろうなと思う。だからこそ、最低限のチェックはしてほしいという思いもある(笑)」。。
山田氏は「ひろゆきさんの名前をタイトルに入れると、本当に読まれる。その効果はすごい。『プレジデントオンライン』としても、入れたくなってしまうのだろう」とコメント。
山口准教授も「“アテンションエコノミー”といって、人々の注目を集めればPVが稼げて儲かるという仕組みだ。事実検証のされていないもの、フェイクの含まれているものであっても、見出しがセンセーショナルなものであれば多くの人が見てくれるということで、特にネットメディアで盛んに用いられている。それを別のメディアが面白おかしく取り上げ、SNSでも話題になって広まった結果、フェイクニュースが連鎖する。さらにその状況を“SNSで広まっている”別のメディアが取り上げて話題にしてしまう“共振現象”という相乗効果がある。やはり背景には、“収益を上げたい”というそれぞれの気持ちがあるわけだ」と警鐘を鳴らしていた。(『ABEMA Prime』より)
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