王者ノバク・ジョコビッチが欠場し、この『ATPカップ』を戦う最強選手は世界ランク2位で昨年の全米オープ覇者でもあるダニール・メドベージェフだ。しかしどんなにエースが強くても、2番手が167位でダブルスの名手もいないようではグループラウンド突破も難しい。そんな冷めた予想を嘲笑うかのような、ここまでのロシアの勝ちっぷりである。
本来のメンバーだった世界ランク5位のアンドレイ・ルブレフ、18位のアスラン・カラツェフ、チームリーダー格の31歳エフゲニー・ドンスコイが、次々にコロナ感染のために出場を断念した。戦力の大幅ダウンにもかかわらず、フランス、オーストラリアと撃退して2連勝。立役者はメドベージェフではなく、無名のナンバー2、ロマン・サフィウリンだ。
フランス戦では58位のアルトゥール・リンデルネックに逆転勝ちした。メドベージェフが35位のウーゴ・アンベールに敗れる意外な展開を受けてダブルスにも登場すると、メドベージェフとのプロ初コンビでエデュアルド・ロジェ ヴァセラン/ファブリス・マルティンという38歳と35歳のダブルス・スペシャリストをストレートで破った。
イタリアを破って好発進のオーストラリアに対しては、サフィウリンが49位のジェイムズ・ダックワースを7-6(6) 6-4で破ってロシアが先勝。追い詰められるほどにしぶとさを見せ、緊迫した競り合いを制した。
そんな2番手の大奮闘に、今日はメドベージェフも本領を発揮。アレックス・デミノーのスピードにまさるパワフルな攻めで6-4 6-2で快勝すると、同じコンビでダブルスも制して地元ファンを沈黙させた。
試合後の記者会見でサフィウリンはしみじみと言った。
「ATPカップで試合ができるとは正直思っていなかった。メンバーには入っていたけど、出番があるとしてもダブルスだと…。今は最高にうれしいよ」
メドベージェフが「すごく落ち着いている」とその人柄を表した通り、30代のベテランの雰囲気さえ漂うサフィウリンだが、年齢はメドベージェフの一つ下の24歳。ジュニア時代からしのぎを削った間柄で、実はサフィウリンのほうが強かったという。17歳のときには全豪オープン・ジュニアで優勝もした。メドベージェフはこう回想する。
「ジュニアの頃、ロマンに勝つのはめちゃくちゃ大変だった。ドローを見たとき彼の名前が近くにあったら、いつもびびってたよ。ロマンにはポテンシャルがある。ATPカップはこういう選手がたくさんのポイントと賞金を得るチャンスなんだ。全豪オープンの予選を戦う大きな自信にもなる」
サフィウリンの主戦場はチャレンジャー大会で、トップ100の選手と対戦する機会すらこれまでほとんどなかった。2018年にサンクトペテルブルクでのツアーの予選で90位の選手を破ったが、それがトップ100から得た唯一の勝利だった。普段とはレベルの違うステージで、潜在能力が呼び覚まされているのだろうか。
昨年はこのATPカップ出場をきっかけに、カラツェフが27歳にして大ブレークした。予選を突破した全豪オープンで準決勝まで勝ち上がり、3月にはツアー初優勝。カラツェフの場合はATPカップで活躍したわけではないが、メドベージェフやルブレフと過ごした時間をこう振り返ったことがある。
「最高の1週間だったよ。彼らから何かヒントを得たくて、僕はなんでも聞いたし、彼らも心を開いて接してくれた。それが全豪オープンにつながり、自信がついていった」
その足跡がサフィウリンの励みにならないはずはない。決して偶然ではない飛躍。イタリアとの第3戦も注目される。
そのイタリアはフランスを3-0で下して1勝1敗。グループCではカナダがイギリスを、ドイツがアメリカをそれぞれ2-1で破り、4チームが1勝1敗の横並びに。試合の勝敗数やセット取得率をもとに、上からアメリカ、イギリス、ドイツ、カナダの順位となっているが、いったいどこが抜け出すだろうか。
明日はグループAで2勝のスペインが1勝1敗のセルビアと、同じく1勝1敗のチリが2敗のノルウェーと対戦する。ラファエル・ナダル不在のスペインだが、テニス大国の層の厚さでここまで一つも星を落としていない。挑むセルビアに関しては、2日前に痙攣で途中棄権したドゥサン・ラヨビッチのダメージが気がかりだ。
グループDではアルゼンチンとポーランドが2勝同士で激突。勝者が準決勝に駒を進める。ギリシャとジョージアはグループラウンド敗退が決まっているが、最後に意地を見せるのはどちらか。
文/山口奈緒美