今月4日、熊本市の慈恵病院は、身元を明かさぬまま仮名で出産する「内密出産」が先月行われたことを明らかにした。
「内密出産」とは、赤ちゃんポストを運用している熊本市の慈恵病院が3年前、自宅などでの孤立出産を防ぐため独自に導入した制度。これまでに前例はなく、国内では初の事例になる可能性もある。
内密出産をしたのは西日本在住の10代の女性。病院に相談があったのは去年の11月中旬だった。「どうして内密出産をしなければいけないのか」――。その理由について、慈恵病院の蓮田健理事長はこう明かす。
「実家のお母さんから関係を絶たれることを非常に心配していました。彼女は親子関係がうまくいっていないのですが、それでもお母さんと離れたくないそうです。暴力的な彼(パートナー)に知られたくないというのもあったと言います」
相談があった後、女性は病院とやり取りを重ね、身元を明かさぬまま先月仮名で出産。女性に対し、病院からも“あるお願い”をしたという。
「あなたがお母さんと離れられないことと同じように、出産した赤ちゃんはお母さんのことをずっと追い求めるのではないでしょうか。お母さんの身元が全くわからないのは赤ちゃんにとっては辛いと思いますから、可能な限り身元がわかるものをご提供ください、という話をしています」
親と離れたくない気持ちは、子どももきっと同じはず。女性は、名前などの個人情報を病院の相談室長のみに明かし、病院に身元が分かる封筒を預けた。女性は「赤ちゃんに『自分のことを知りたい』と言われたときは、いつでも開けていいです」と伝えているという。この封筒は、病院の金庫で厳重に保管をしていくという。
また、女性が子を想う気持ちは出産時からも見て取れたと理事長は明かす。
「赤ちゃんは元気に生まれたのですが、出生後の血液検査で異常値が出ました。中々抱っこができないわけですが、報告によると、彼女は毎日赤ちゃんに面会に行っています。(入院)最後の日は、保育器から一時的に赤ちゃんを出して、彼女に抱っこしてもらいました。私の前では少し涙が出たくらいだったのですが、私が退席した後は号泣したそうです。(彼女は)赤ちゃんに対する愛情が深いですし、向こう1カ月の間に『赤ちゃんに会いに来たい』と言っていますので、翻意する可能性があると思っています」
病院は今後も女性と連絡を取り続け、意思確認を続ける方針だ。一方で、内密出産の壁となるのは法律。日本では、身元を一切明かさない「匿名出産」や内密出産は法制化されておらず、熊本市も慈恵病院に対し実施を控えるように通知していた。病院は、赤ちゃんの遺棄や殺人を少しでも減らすためにも、現実的な対応をお願いしたいとしている。
「彼女は赤ちゃんに対する手紙を書いてくれました。病院を去るときに、私たちに対するメッセージも書いてくれました。その中で非常に印象的だったのが、未成年の彼女が『今まで大人にこんなに優しくしてもらったことはなかった』と言ったこと。内密出産だから特別扱いしているわけではありませんが、(彼女は)そう言わせてしまう環境にあった。『自分で妊娠したのだから、出産して自分で育てるべきだ』と言う人がいるかもしれませんが、生育環境が通常とは違うので、『頑張れ』と言われても中々難しいものがあるというのは社会の皆さんにご理解いただきたいと思っています」
ニュース番組『ABEMAヒルズ』のコメンテーターでBuzzFeed Japan News副編集長の神庭亮介氏は「赤ちゃんの虐待や遺棄、殺してしまうといった最悪のケースも起こり得るなかで、その手前の段階で内密出産という選択肢が用意されるのは良いこと。実際に受け入れた慈恵病院には、ものすごい覚悟を感じた」とコメント。一方で、国の制度が追いついておらず、「戸籍はどうするのか」「子どもが出生を知る権利をどう保障するか」といった課題もあり、ルール整備が必要だと話す。
また、会見で病院側から詳細な説明がなされた意図について、神庭氏は「女性にバッシングがいくことを防ぎたかったのだろう。(女性の)母親からの虐待歴や、パートナーの男性からの暴力の恐れもある状況で、10代の女性は孤独だったと思う。どんな形であれ、子どもを産んで一度は抱っこできたこと自体に意味があるし、そういったことも踏まえて院長は言葉を尽くして説明されたのだろう」と推測。
最後には「もしかしたら生んだ10代女性が翻意する(気が変わる)可能性もあると理事長は言っていたが、気が変わって身元を明かしてもいいし、このまま変わらなくてもいいと思う。とにかくお母さんと赤ちゃんが幸せになれるように、静かに見守れたら」と語った。(『ABEMAヒルズ』より)
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