2020年11月に投開票が行われた、大阪都構想をめぐる住民投票で、その問題は表面化した。重度の知的障害がある女性と投票所を訪れた母親が、本人に代わって投票用紙に記入、投票箱に投函したところ、公職選挙法違反の罪で起訴されてしまったのだ。
投票者に障害がある場合、本人の指差しに基づき、選挙管理委員会が認めた自治体の担当者が代理で投票を行う事ができるものの、家族はその対象外だったからだ。母親は「本人が来ずに、委任状だけだったらダメだけど、本人が来て、お母さんが意思をきちんと聞いて、代筆してもらうなら良いですって言われたんで、起訴?おかしな話だな、どういうこと?って感じだった」と、選管側の対応に問題があったと語る。
このように、健常者が自明のものと感じている選挙権の行使も、身体や精神も含め障害を持つ人たちにとっては大きなハードルが存在するのだ。
■健常者だって、政党や候補者のことを本当に理解した上で投票しているだろうか
重度の知的障害のある池戸美優さんと母・智美さんも、そんな厳しい現実に向き合い続けていた。言葉などによる明確な意思表示が難しい美優さんだが、問いかけに対して身振り手振りで答えられることもある。智美さんは「選挙に行くことが大事だ」と、社会の一員として、美優さんにも投票をさせてあげたいと考えるようになった。
池戸さん家族の住む愛知県・瀬戸市では、候補者の一人に二度反応すれば、それを意思表示と認めることにしている。そこで智美さんは、事前に候補者のポスターを撮影してラミネート加工、選挙公報を読み上げ、候補者の氏名や政策などを説明するようにしている。
投票は事前に連絡し、期日前に行うようにしている。「練習していると、毎回違う人を選ぶこともあれば、同じ人を選ぶこともある。それでも娘に任せているし、普段は立ち会えないので、実際に誰を選んだのかは分からない」。
ただ、文字の読み書きができないこともあり、担当者からは「ちょっと意思が分からなかった」と言われてしまうこともあるという。智美さんが傍にいることができないため、美優さんが不安な気持ちになることもあるようだ。
「付き添いの方が苦手なタイプだったり、雑音でなかなか集中できなかったりすることもある。文字だけではなく、顔写真を見て選べるといいのにとも思う。それでも市役所は気を遣ってくださっているし、努力もして下さっている。娘が本当に行きたいかどうかは微妙だ。それでも“よくできたね、行けたね”と褒めると、手を叩いて喜ぶので、“何かができた”という実感はあるのだと思う。
うちでは大学生の息子も必ず選挙に行っているが、政党や候補者のことを本当に理解した上で投票しているのかといえば、正直言って謎だ。娘についても同じで、よく分かっていないかもしれない。それでも嫌いな人は選ばないと思うし、必ず気に入った人というのがいると感じている」。
■“公職選挙法”という一つの法律で縛られているのも大きな問題
知的障害者の投票をサポートするDVDを作成するなど、さまざまな活動に取り組んできた東京・狛江市の平林浩一副市長は、次のように話す。
「精神障害や発達障害などは“見えない障害”と言われるように、障害の程度が分からない。投票行為には、受付で投票用紙をもらって記載をし、投函をするという大きな流れがあるが、自治体によって異なるのは、本人確認の部分だ。持参した入場整理券の年齢・性別を目視でOKと判断する自治体もあれば、声がけをして頷いたり、正しい生年月日や住所を言っていただいたりすることをもってOKとする自治体もある。そのため、まず入口のところにかなり高いハードルがあると思う。
そこで狛江市では、障害をお持ちの方であっても自分で投票する行為が大事だと考え、投票所での支援を精一杯やりたいと思っている。例えば投票所に“クーリングスポット”というエリアを設け、選挙公報が見られるようにしている。また、ご家族と離れて不安になられる方については、記載される際にも後ろで手を繋いだままで居られるようにしている。あるいは美優さんのような方の場合、“イエスの時に手を叩く”といったことを事前に支援カードに記入いただき、それに基づいた支援をしている。個々人に合った支援や工夫を心がけ、実例を積み上げて全国にお伝えしようとしている」。
また、これまで支援を続けてきた実感について平林氏は、「保護者の方には“お子様が選んだ選択を信じてあげてください”とお願いしているようにしているが、なぜ知的障害、発達障害がある方の選択だけ、真意なのかどうかを問われなきゃいけないのか、という問題がある。本来であれば、我々健常者も問われるべきことだと思うし、選挙は再チャレンジができる。長いスパンで見て振り返りをして、次の投票に挑んでいただくということが大切だと思う」と指摘。「あらゆる選挙が国会で審議するしか道がない“公職選挙法”という一つの法律で縛られているのも大きな問題だ。もう少し柔軟に、我々のような活動がしやすいよう、条例を定めて運用できるといったことも必要だと思う」とした。
■いろいろな政治勢力から立候補者が出てくるべきではないだろうか
筋ジストロフィーの当事者で、福祉介護の事業所を経営する傍ら、2019年には千葉市議選にも立候補した渡邊惟大さんは、「普段は障害福祉サービスを利用しているが、投票については行くまでにヘルパーさんの調整等も必要だし、投票所になる学校は古い建物が多いので、スロープが上りにくいといったこともある」と振り返り、被選挙権の行使についても、「ハードルが高い」と話す。
「私は介助が必要な状態にあるが、障害者総合支援法という法律は障害福祉サービスには適用されても、政治活動や宗教活動には適用されない。その趣旨は分かるが、選挙活動中にトイレに行きたくなった時、介助してくれた人に“よろしくおねがいします”と言うと、法に触れるのではないかといった不安が出てくるし、運動員さんに報酬を払ってしまうと、それは買収になってしまう。やはり選挙は健常者が出るもの、ということで設計されているところがあるので、スロープ付きの選挙カーもない。試行錯誤で取り組むしか無いのが現状だ」。
こうした状況もあり、国会議員・地方議員のうち、障害を抱える人は0.1%しかいない。そんな中、国政レベルでは、れいわ新選組から当選した障害を持つ議員が注目を集めてもいる。
「障害がある方は日本人口の5%から10%いると考えると、やはり障害のある議員の数はまだまだ少ないと思う。れいわ新選組に関しては、今まで重度の障害者の方が国会議員になるということはなかったのですごく画期的なことだなと思うが、その一方で、“私も選挙に出たんです”と言うと、“れいわから出たんですか”と聞かれることが多い。つまり障害者=れいわ新選組、というイメージが出てきているのではないか。本来であれば、いろいろな政治勢力から立候補者が出てくるべきではないだろうか」。
議論を終え、平林氏は「有権者ひとりひとりが投票を通じて“私たちはここにいますよ”と主張する、そういったことの積み重ねが、今度は渡邊さんのよう立候補者として政治の場に立つということに繋がってくる。その意味では、まだまだ積み重ねが必要なのではないか。公職選挙法が出来てから70年が経つが、実は知的障害者、発達障害者の投票権が“実質”認められたのは平成25年と、歴史が浅い。ひとつひとつの積み重ねが、今後の大きな道を開く手掛かりになろうかと思う」と期待を込めた。(『ABEMA Prime』より)
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