1通の手紙から始まった師弟 谷川浩司九段と都成竜馬七段、21年目の手紙交換「師匠の見てきた景色を見たい」「和服姿の対局をご両親に」
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 1通の手紙からつながった師弟が、21年目の手紙交換でまた絆を深めた。谷川浩司九段(59)と、唯一の弟子である都成竜馬七段(32)。小学生名人になった都成七段が弟子入り志願の手紙を書いて送り、谷川九段もそれに応えた。都成七段の生まれた1月17日という日は、神戸出身の谷川九段にとって特別な日でもあり、そこに不思議な縁や絆を感じ、またその棋力と将来性を見込んで、弟子にすると決めた。それから20年以上の月日が経ち「第1回ABEMA師弟トーナメント」でタッグを組んで戦うことになった2人。大会を前に収録したチーム動画で、師弟で苦しんだ奨励会時代を振り返った後、お互い数年ぶりという手紙の交換を行った。

【動画】手紙を交換する谷川浩司九段と都成竜馬七段

 谷川九段が初めて弟子を取る、といううわさを聞きつけた都成七段が手紙を書いたのは小学5年生のころ。谷川九段のところには、他にも弟子入り志願の手紙は何通か届いていたが、都成七段の棋力、忘れもしない1月17日の生まれ、また当時棋士がいなかった宮崎県出身ということもあり「私が弟子入りを断ったら、都成君のご両親が困るんじゃないかというのもありました」と、当時の思いを語った。手紙の後、電話で連絡を取り、神戸に呼んだ。自宅で1局指したところ、都成七段は「本当にボロボロだったので弟子入り取り止めになるかな」と、冷や汗をかいたという。

 奨励会に入会後も宮崎から通っていた都成七段は、自分の対局の棋譜を送り、谷川九段に採点してもらうという文通を3、4年ほど続けることになる。大阪の奨励会で3局指して、翌日宮崎に戻って学校へ。下校してから棋譜を書いて送る。なかなかハードな日々だった。ただ、結果が伴わない。特に最初の1、2年はなかなか昇級もできず、谷川九段からの手紙には「変わらないようなら考えなくてはいけないかもしれません」と、厳しい言葉を突きつけられもした。そこで都成七段は、兄が大学に通うために大阪に出るのをきっかけに、2人暮らしを決断。そこからは昇級、昇段ペースも上がった。

 プロ入りまであと一歩という三段リーグでも苦労した。同時期に戦っていたのは同じ関西で菅井竜也八段(29)、斎藤慎太郎八段(28)、澤田真吾七段(30)、関東なら永瀬拓矢王座(29)。現在の将棋界のトップ棋士に数えられる者ばかりだ。都成七段も当時について「どっと入ってきて、そこの世代に飲み込まれてしまった」という。そんな苦しい時期も腐らずに努力を積み重ねると、2016年4月に四段昇段。年齢制限ぎりぎりの26歳だった。

 いろいろと思い出のある奨励会時代を振り返った後、都成七段は谷川九段への感謝を込めた手紙を読み上げた。「小学生のあの時に手紙を書いたのは、人生最大のファインプレーでした。入門したての頃は、将棋会館に行くと、君があの谷川門下の子か、と声を掛けてもらうことが多く、とにかく誇らしかったのを覚えています」と読み出すと、「棋士としての一番の目標はタイトルを取ること。子供のころ憧れた舞台で、師匠の見てきた景色を自分も見てみたい。そう思っています」と、タイトル通算27期を誇るレジェンドがよく知る世界を感じたいと誓った。すると、谷川九段もこっそり用意していた手紙を取り出すサプライズ。「奨励会では苦労して、同期や後輩に抜かれて辛い思いもしたでしょうが、棋士になってからの五年、彼らとの差も少し縮めることができたと思います。和服姿での対局をご両親に見てもらえるよう三十代も精進してください」とタイトルを期待した。

 少し照れくささも感じながら、20年を超えた師弟関係を振り返った谷川九段・都成七段の師弟。今度交換する手紙は、どんな内容になるだろうか。

◆第1回ABEMA師弟トーナメント 日本将棋連盟会長・佐藤康光九段の着想から生まれた大会。8組の師弟が予選でA、Bの2リーグに分かれてトーナメントを実施。2勝すれば勝ち抜け、2敗すれば敗退の変則で、2連勝なら1位通過、2勝1敗が2位通過となり、本戦トーナメントに進出する。対局は持ち時間5分、1手指すごとに5秒加算のフィッシャールールで、チームの対戦は予選、本戦通じて全て3本先取の5本勝負で行われる。第4局までは、どちらか一方の棋士が3局目を指すことはできない。
(ABEMA/将棋チャンネルより)

【動画】手紙を交換する谷川浩司九段と都成竜馬七段
【動画】手紙を交換する谷川浩司九段と都成竜馬七段