2日、「どんな犠牲を払っても我々の領土は渡さない」と述べたウクライナのゼレンスキー大統領。自国の防衛力を信頼していると強気の姿勢も見せつつ、ロシアとの対話継続の重要性も訴えている。
一方、ロシアのプーチン大統領は1日、「我々の3つの要求はNATO不拡大、ロシア国境付近での攻撃用兵器配備断念、そしてNATOがロシアとの協定が結ばれた1997年の状態へ戻ることだ」と主張。ただ、ロシア軍の即時撤退を求めるアメリカ側との議論は平行線をたどっている。
『ABEMA Prime』では前回に続き、ロシアとウクライナをめぐる基礎知識について、東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠氏に話を聞いた。
■なぜ、NATOなのか
アメリカ国防総省は2日、ポーランド、ドイツ、ルーマニアに合計3000人の部隊の派遣を発表した。東ヨーロッパの北大西洋条約機構(NATO)軍を強化、ロシアによるウクライナ侵攻をけん制する狙いがあるとみられている。
「ロシア(ロシア連邦)の周りにある国々はかつてロシアの一部で、ソビエト連邦という国を作っていた。メチャクチャ強い軍事国家で、兵力は最末期でも約500万人と、いま世界最大の兵力を持つ中国(約200万人)の2.5倍という、すさまじい軍隊を持っていた。また、核兵器についてもアメリカと同じぐらい保有していたので、戦争になったら勝てんぞ、ということで、アメリカや西ヨーロッパの国々が北大西洋条約によって軍事同盟を結んだ。これがNATOだ。その第5条には“どこか1カ国でも侵略を受けたら、それは全加盟国に対する侵略とみなし、一緒に戦う”という内容のことが書かれている。
ところが1991年、ソ連が無くなり、周辺の国々もベラルーシやバルト3国などに、15の国に分かれてしまった。ウクライナも、その時に独立国になった。結果、ロシアそのものの兵力は100万人ぐらいになったので、アメリカとの間でバチバチ争わなくてもいい時代が来たと思われた。しかし、対立の根本にある不信感は消えてなかったことが、ここ10年ほどの間にわかってきた。
ロシアが特に気に入らないのは、対立は終わったはずなのに、NATOが冷戦後もポーランドやチェコなど、ソ連時代は同盟国だったはずの東ヨーロッパの国々にまで広がっていた。そして“昔は俺の手下だったところまでアメリカのブロックに入ってしまうではないか”と頭に来ていた2008年、やはりソ連の一部だったグルジア、そしてウクライナもNATOに、という話が持ち上がったため、非常に緊張が高まっていった、ということだ」。
■なぜ、ウクライナなのか
旧ソ連の一部であり、ロシアにとっては西側諸国との“緩衝地帯”とされているウクライナだが、特別な思い入れもあるようだ。
「プーチンさんはたまに論文を書く人なのだが、昨年7月の論文では、“歴史的にはロシア人と同じ民族だったのに、何でウクライナ人は西側の方に寄っていくんだ”と強く非難している。そして“西側の手先になった結果、お前らは主権、自分のことを自分で決められる権利を脅かされているんだ。これを取り戻すためには、ロシアとパートナーシップを結ぶしかないぞ”と主張している。つまりロシアからしてみると、ウクライナを軍事的に征服してしまいたいというよりも、まずはNATO側に行かないよね、ということを確約させ、あくまでも中立でいてほしい、ということではないだろうか。
だからこそ、これまでも大統領選挙などがあると資金や選挙コンサルタントなどをウクライナに送り込み、ロシアと比較的近しい人を大統領にしようとしてきた。実際、それが成功し、ロシアと話せる感じのヤヌコヴィッチ大統領が誕生した(2010年)。こういう人は旧ソ連時代にはいっぱいいたので珍しくはないが、ロシア系で大統領になるまではウクライナ語を話せなかったという人物だ。だからモスクワとしては、“親ロシア派の大統領が誕生した。ああ良かった”と思っただろう。
ところが、国民の不満が溜まってきた。ウクライナがNATOだけではなく、EUにも入りたいと言いだした。すぐには加盟国にはなれないので、EU連携協定というのを結ぼうとしたところ、“そんなことするな。ウクライナの国債をいっぱい買ってあげるし、ロシア産の天然ガスも割引してあげるから”とプーチンが介入した。これにヤヌコヴィッチが応じた結果、国民がメチャクチャ怒って、死者が出るようなものすごいデモ、大暴動が起きてしまった(2014年)。
首都にいられなくなったヤヌコヴィッチはロシア軍機でロシアに逃がしてもらった。一方、普通だったら“新しい政権だね”という話になるが、それではプーチンは気に入らない。“ロシアにとって特別なウクライナで親ロシア派の大統領が倒れるなんて認めん”と軍隊を送り込み、ウクライナの南側にある人口200万、面積でいえば九州の7割ぐらいの大きさのクリミア半島で200万人を一気に制圧してしまった。さらにウクライナの東側にあるドンバス地方にも武器を持った人々をいっぱい送り込み、紛争を始めた。これは未だに解決していない。だから“ロシアとウクライナが戦争をするか?”という問いの答えは、“実は戦争は8年間ずっとやっている”ということになる」。
■なぜ、今なのか
ただ、ロシアがウクライナとの国境付近に10万人規模の軍を派遣、情勢を一気に緊迫化させた理由には不可解な部分もあるという。
「そこで分からないのは、なんで昨年になって急にウクライナを締め上げ始めたのか、ということだ。確かにクリミア半島のセバストポリというところにはロシアの黒海艦隊を置かせてもらっているので、失いたくはない。それから、ものすごく長い国境を接していて、ウクライナ国境からモスクワまでは650キロぐらいの距離しかない。だからここがNATOに入るのも嫌だと思っている。ただ、NATOに入る・入らないという話についても、もう14年ぐらい入る・入らないで揉めていて、昨年になって話が現実化した、ということはない。
ウクライナがロシアに近い東部エリアでドローンを飛ばしたから、という話もよく出てくるが、あまり大した問題とは思えない。確かにウクライナがドローン攻撃を行ったのは東部のルガンスクとドネツクという、親ロシア派の武装勢力が勝手に“独立国”を自称しているエリアだが、時期は去年10月以降の話だ。一方、ロシア軍がウクライナ周辺に集まり始めたのは昨年の春頃だ。ぐっと圧力をかけて一旦引き、夏頃から再び集まり始めているので、当然ウクライナにとっては“反撃”だし、ロシアとしても“ドローンなんて使いやがって。けしからん”ということにはなるが、そこまでに長い文脈があるので、これも根本的な原因ではないだろう。
やはり、ウクライナは独立した主権国家なので、ロシアが言う“ロシアの勢力圏”とか“ロシアの裏庭“ではない。だからNATOに入るのもEUに入るのも、本来は自由だ。それなのに“あいつは昔、俺と仲間だったから。俺の一部だったから”という主張をロシアがしていることは、まず忘れてはいけない。それから、いくら面白くないからといって、軍隊を集めて脅してはダメだ。これを認めてしまえば、例えば北朝鮮がミサイルを使ってアメリカや日本を脅したり、中国が軍事力で台湾を脅したりすることも、“平壌や北京の気持ちも分かるよね”という話になってしまい、国際秩序が根本的に崩れてしまう。
だからNATOとしても、それやめろよという話を今、しているわけだが、かつて西側諸国がかなり迂闊だった、ということは間違いないと思う。特に冷戦に勝った西側がイケイケで、ロシアがものすごく弱かった15年前、20年前と、当然NATOは広がっていくよね、EUも広がっていくよねという考え方をして、ロシアの反発を真面目に受け止めてこなかった」。
■最も穏当なシナリオは“第2次ミンスク合意”
今後、どのようなシナリオが考えられるのだろうか。
「昨年12月、ロシアはアメリカとNATOに対して条約案を出している。“これ以上NATOは東に広がってくるな”“冷戦後に入ったNATO加盟国からは米軍を撤退させろ”という主張だが、アメリカもNATOも認めないと言ったようだ。その回答書面が2日、スペインの新聞に全文リークされたが、全面否定というか、むしろ“ロシアがウクライナに展開している兵力を撤退させろ”と言っている。ただし、ロシアのいうミサイルの配備や演習を制限することについては話し合ってもいいよと言っている。一方、プーチンさんは“そこだけ話し合ってもダメだ。やっぱりNATOの不拡大という話をしろ”と言っている。
結局のところ、これは冷戦後のヨーロッパの秩序を書き換えてしまうような話なので、まず飲めない話だし、落とし頃がなかなか見えてこない。唯一、外交的に話し合いができそうなのは、ドネツクとルガンスクの地位についてだ。2015年に停戦に向けたロードマップに合意していて、両地域はウクライナの一部ではあるが、特別の地位を持った地域であると憲法に書き込む、つまりウクライナの一部だがウクライナではないような、そういう不思議な地位として認めるということで、ロシアとウクライナが合意した。
ウクライナとしては約束してしまったけれど、国家が分裂状態であることを固定化する話は飲みたくない。それでも外交的な落としどころをつけるとすれば、約束しちゃったから、ちゃんと守ろうねという話に持っていく“第2次ミンスク合意”というのは考えられる。脅されて受け入れるのはあまり良くないが、これが最も穏当なシナリオだ」。
■最も悪いシナリオは、ロシアによる大規模な戦争の発動
では、最悪のシナリオはー。
「逆に最も悪いシナリオは、ロシアによる大規模な戦争の発動だ。もうロシア軍の兵力が集まれば、例えば首都キエフやハリコフ、オデッサのような大都市を占領することができるようになる。それを梃子にして、“さあ、キエフからどいてほしかったら、言う通りロシア寄り、中立になりなさい”という要求を飲ませる。残念ながら、そういうことも視野には入れておかざるを得ない状況だ。
そのあたりをどう考えているのか、結局は命令するプーチンさん本人に聞いてみるほかない。ただ、軍隊が1万人しかいない状況と、10万人以上集まっている状況とでは、明らかに緊張は高まっていると思うし、そもそもロシアがここまでの規模の兵力をウクライナに周辺に集めたことはない。NATOの評価では、ウクライナの北側にあるベラルーシにもロシア軍が3万人入っているということなので、その点も例を見ない規模だ。
一方で、きちんと把握しておかなければいけないのは、あくまでもロシアとウクライナが戦争になるかどうか、ということだ。NATOの国々は同盟国になっている国々に兵力を派遣しているけれども、仮にロシアがウクライナに攻め込んだとしても、我々は武力で止めることまではしないと、バイデン大統領もはっきり言っている。
ただし、20世紀前半までであれば、宣戦布告をして攻め込んでいたが、現在の戦争はそういうふうには始まらない。2014年以降の軍事介入についても、プーチン大統領は“ウクライナにロシア兵なんか1人も送ってない”と言っていた。しかし1年後、テレビ番組で“いや、ロシア系住民が危なかったので、兵隊を送ってました”と認めた。やはりロシアの政治指導部が言っていることもそうだし、ウクライナが言っていることやアメリカが言っていることも全部鵜呑みにはできないということだ」。(『ABEMA Prime』より)
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