文在寅(ムン・ジェイン)政権と与党「共に民主党」からの政権交代が焦点となる韓国大統領選挙が15日、始まった。一度の投票で最も多くの票を得ることのできた候補者が当選する直接選挙制であるため、有権者の盛り上がりも非常に大きいことで知られる。
【映像】いよいよ始まった韓国大統領選 政策orスキャンダル?
■アーティストや芸能人も盛り上げる“お祭り”に
一橋大学大学院のクォン・ヨンソク准教授は「韓国憲法の第1条では“国民主権”を謳っているし、自分の一票で政治を変えられるんだという強い主権者意識がある。だから投票率も毎回70%を超えているし、それは20代の若い層でも同様だ。今年はコロナ禍での選挙戦だが、本来であれば歌ったり踊ったり、有名なアーティストや芸能人が盛り上げるなど一つのお祭りになる。投票当日に逆転したりもするので、みんなでチメクというチキンを食べ、ビールを飲みながら、どちらが勝つのだろうかと楽しみながら見守る」と話す。
また、クォン氏は「ダメだったらまた代えればいい、ということで政権交代がよく起きるシステムだ」とも指摘する。
「今の40〜50代にリベラルな人が多いのは、民主化運動を闘って勝利した世代だからだ。一方、60代以上になると、北朝鮮は怖いし、中国に対しても…という、かつての反共的な意識が強いので保守的になる。そして20〜30代はイデオロギーよりもどちらの候補の政策が自分に有利かで考える。文在寅政権下で不動産価格が跳ね上がり、若い人たちはソウルに家を持てないほどの状況になっていて、非常に大きな失望感がある。そしてコロナ対策だ。自営業には特に厳しい営業規制があり、学校もオンライン授業によって登校ができない状態が続いた。大学生の間でもバイトができない、授業も対面がないということで不満が爆発していて、現状を打開するためにもとにかく変えてみようという空気がある」。
■“まさに韓流ドラマ” 対蹠的な2候補のキャラクター
14人の立候補者の中でも、特に注目が集まっているのが、文大統領と同じリベラル系与党「共に民主党」から出馬した李在明(イ・ジェミョン)候補と、保守系の最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補だ。
李氏は前回の大統領選挙で文大統領に敗れた後、京畿道の知事に就任。一方、尹氏は元検事総長の肩書きを持つ人物だ。
クォン氏は「李候補は極貧の家庭に生まれ、少年時代は工場で働き、苦学して人権派弁護士になった。そして城南市長、京畿道知事に就任したという、叩き上げ、いわば“コリアンドリーム”的な存在だ。一方、尹候補はエリートの家庭に生まれ、ソウル大法学部を出て検察官になった。現役時代には朴槿恵元大統領や李明博元大統領の捜査で手柄を上げて、文在寅大統領に抜擢されて検事総長にまでなった。それでも政権に対して果敢に捜査をしたことが評価され、“公正”や“正義”として、野党の大統領候補にまでなった。つまりアウトサイダー対スーパーエリートという戦いになる。まさにドラマのようだ」と説明。
また、李候補が公約の中に“薄毛治療の保険適用”などを入れていることについては、村上春樹氏の著作との関係があるという。
「韓国では村上春樹さんが最も人気のある作家で、李候補もエッセイの中に出てくる言葉をもじって“小さいけれど確実な幸せ”という、数十個の項目からなる公約を出してきた。先ほども話した通り、20〜30代の若い男性たちが保守側を支持している背景には、文政権が女性の権利を重視した政策を打ち出したこともあって、そこへの葛藤、反発がある。やはり若い男性には2年間の兵役があるので、例えば男子学生が帰ってくると、同期の女子学生は就職していたり、公務員試験に受かっていたり、留学していたりと、キャリアをどんどん積んでいる現実がある。現状では政権交代を求める若者のたちの“追い風”もあって、僅差ではあるが野党の尹候補が一歩有利、という状況になっている。そこで李候補としても、若い彼らの思いに訴えようと、“薄毛治療“を入れたということだ」。
■繰り返される、検察の捜査をめぐる争い
とはいえ、今回の大統領選挙については、“最悪を避け次悪を選ぶ選挙”と揶揄されることもあるという。李候補には、妻が職員を私的に使ったり、役所のカードで買い物をしたり、さらには長男に違法賭博や買春問題のスキャンダルが取り沙汰されており、尹候補にも妻の経歴詐称や知人の経営者による株価操作への関与疑惑が。
また、韓国の現代史を振り返ると、退任後に逮捕された大統領経験者も多く、文大統領も2019年、側近の曹国(チョ・グク)元法相が娘を不正に大学入学させたなどの疑惑が浮上し電撃辞任、後に逮捕されているほか、不動産価格が高騰する中、官公庁の職員らによる土地の不正投機などの疑惑も報じられている。
「大統領制なので、どうしても権力が集中する。また、本人がクリーンだったとしても、側近や家族が権限を使って賄賂を受け取ったり、不正蓄財をしたり、ということが起きてしまう。李明博元大統領や朴槿恵前大統領に関しては本人自身にも問題があったので捜査せざるを得なかったし、それが政権交代のダイナミズムにもなった。
しかし、それが検察を味方に付けようとしたり、次の政権交代時における“報復”のような形になったりと、ドラマのようになってしまっていた部分もある。そこで任期を1期5年限りの制度から、アメリカのように4年で重任(再任)もできるようにしてはどうか、あるいは日本の議院内閣制のようにしてはどうか、といった意見が出されている。実際、李候補も、4年で重任できるよう憲法を改正すると公約を掲げている。
そして、これも選挙の争点になるが、文政権が推進した検察改革に抵抗していた尹候補が、検察の権力を肥大化させるような公約を打ち出している。本当に不正の疑いがあれば捜査をするのは当然だが、文政権で権力型の汚職が出ていない中で、それでは“でっち上げでもやるぞ”という印象も受ける。まさに盧武鉉元大統領がそういう中で自殺に追い込まれたこともあるので、懸念が残る」。
■野党候補が勝利すれば『愛の不時着』は作れない?
そして大統領選の結果は、日本でも人気の高い韓国の映像文化やK-POPへも影響を与える可能性があるという。
「韓国では、誰が大統領になるかによって社会は大きく変わる。例えば朴槿恵政権時代には、政権批判、社会批判をすることの多い芸能人、文化人の“ブラックリスト”が存在し、投資やキャスティングをしにくくする、ということが行われていた。その点、文政権はリベラルなので表現の自由も担保され、『パラサイト』や『イカゲーム』のように、格差社会の問題をえぐるような作品も出てきた。
日本でもヒットした『愛の不時着』で北朝鮮の兵士を人間らしく、かっこよく描くことができたのも、南北融和の雰囲気があったからだ。音楽も同様で、社会批判を歌うことができるようになった結果、世界的にクールだといわれてヒットしている。これが保守的な政権になった場合、やはり表現の自由や文化活動の支援な部分に影響が及ぶかもしれないし、ドラマも南北の恋愛よりも、テロリストものということになるかもしれない。そういうことから、芸能人、文化人の間では李候補を支持する方が多い」。(『ABEMA Prime』より)
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