周到な準備とリベンジへの情熱 寺地拳四朗、大胆な戦術変更で幕を開けたチャンピオンロード第2章
因縁のリマッチ、ボクシングの歴史では“矢吹有利”か? 完全決着を前に寺地「悪質なバッティング」矢吹「一部の人が騒いでるだけ」
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 前WBC世界ライトフライ級王者の寺地拳四朗(BMB)が見事にリベンジ成功――。京都市体育館で19日に行われたタイトルマッチで、寺地はチャンピオンの矢吹正道(緑)に3回1分11秒TKO勝ち、王座返り咲きに成功した。昨年9月の矢吹の勝利からおよそ半年。ダイレクトリマッチは思わぬ大差という結末となった。

【映像】矢吹vs寺地、因縁のリマッチがついに決着

 寺地にとってはどん底から這い上がるための戦いだった。昨年9月の試合は、「寺地有利」と言われながら10回TKO負け。この試合は2021年の年間最高試合に選ばれる好ファイトとなったが、具志堅用高さんの持つ世界タイトル連続防衛記録13を最大の目標に掲げていた寺地にしてみれば、地獄に突き落とされたも同然だった。

 まさかのプロ初黒星で記録の途切れた寺地は引退が頭をよぎった。専門学校に通って寿司職人になろうかとも考えた。寿司職人の道はプロボクサーになる前にも考えたことがある。しかし、敗北から数週間で徐々にリベンジへの気持ちが高まり、WBCから再戦指令が出たこともあって、試合から2カ月後には現役続行を表明した。

 とはいえ、寺地のメンタルを心配する声は多かった。寺地は井上尚弥や村田諒太といったビッグネームのように、世界チャンピオンとして必ずしも十分な脚光を浴びていなかった。彼が“オンリーワン”の王者になるため、目標にしていたのがボクシング界の金字塔とも言えるV13だった。その夢が潰えてしまった影響の大きさを、だれもが心配していたのである。

「防衛記録がなくなった分、選択肢も増える。マイナスにはならない。新しいチャレンジもできる」

 寺地は昨年11月の現役続行会見で、気丈にそう話していた。実際にはどうだったのだろうか。寺地とタッグを組む加藤健太トレーナーは次のように明かした。

「9月の試合が終わったあと、拳四朗に『オレはまだ続けたいし、まだ強くなれると思う』と自分の気持ちを伝えました。その時は『まだ気持ちの整理がつかないんで』みたいな答えでしたけど、1月6日にジムワークを再開したときはスイッチが入ってましたね。もう、目の色が違うというか、あれだけ気持ちの入っている拳四朗は初めてでした」

 絶対にベルトを取り戻す。もう一度自分が一番強いことを証明したい。燃えに燃えた寺地の集中力はすさまじかった。今までの足をふんだんに使うスタイルから、ガードを固めて前に出るという大胆なモデルチェンジができたのは、気持ちの面が大きかったに違いない。

 そんな寺地の思いを営も共有した。スタイル変更を敵に悟られぬため、ボクシング専門誌の取材さえも警戒し、練習の様子は極力見せなかった。記者会見では「8度防衛したボクシングを徹底する」と事実とはまったく逆のことまで口にした。いつもはオープンで自然体の寺地にしては異例の振る舞いだ。今回の試合にかける思いはそれほど強かった。

周到な準備とリベンジへの情熱 寺地拳四朗、大胆な戦術変更で幕を開けたチャンピオンロード第2章
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 絶対に負けたくない。言うまでもなく矢吹も同じ気持ちだった。前回の試合後、「故意のバッティングをしたのでは」という疑問を投げかけられ、思わぬ形で栄光にみそをつけられた。周囲の雑音をシャットアウトしたいという思いは強かったろう。

前回は不利予想を覆しての勝利だっただけに、「あの勝利がフロックでないことを証明したい」という思いもあったに違いない。ボクシングと並行していた建設業の仕事をせず、トレーニングに専念したことも、返り討ちにかける強い意志を感じさせた。

 ところが「どちらが勝つのかまったく分からない」と思われたダイレクトリマッチは予想外の展開を見せることになる。スタートから寺地の気迫がリングを支配し、矢吹をまったく寄せ付けなかったのだ。結果は寺地の3回KO勝ち。前チャンピオンの完勝だった。

「あんなファイターでくるとは思わなかった」
「中盤から後半、4ラウンドの採点が出てから、向こうが出てきてくれると思ったんで、そこで勝負しようかなと思った」
「拳四朗選手のフットワークを潰す作戦やったので、それがいきなり狂ったのが一番デカイ」

 試合後の矢吹の言葉は「計算外」との思いで埋め尽くされていた。殊勲の勝利のあとの試合で、知らず知らずのうちに受けに回っていた。心理的にマイナスの影響を受けていた。寺地が攻撃的ボクシングを決意し、それを迷わず実行した時点で挑戦者は大きくリードしていたのである。

後半まで試合がもつれれば、強打が自慢で決してインファイトに弱くない矢吹が反撃する可能性も残されていただろう。ただし、矢吹がなんとかサバイバルできたとしても、寺地陣営は後半の打ち合いをしっかり想定していた。

「最後に打ち合いになったところで絶対に打ち勝つ。そういう練習をしていました」(加藤トレーナー)

 寺地陣営の周到な準備とリベンジへの情熱が勝利を力強く引き寄せた。第1戦に負けているからこそ大胆な戦術変更ができた。一方、第1戦で勝っている矢吹は寺地の出方を読み誤った。決して油断したわけではない。世界戦10度目と2度目という経験の差が出たというべきか。今回ばかりは寺地をほめるしかなさそうだ。

 ノックアウト勝利で王座に返り咲いた寺地が勝利者インタビューで話した言葉が印象深い。

「長谷川さん(元世界王者の長谷川穂積。この試合のABEMA解説者)が『勝ったら違う景色が見えるぞ』と言っていたけどこれだったんですね。最高です! 幸せすぎる~!」

 痛恨のプロ初黒星、引退の瀬戸際から這い上がった。ひと回りたくましくなり、新しい景色を目にした寺地のチャンピオンロード第2章が幕を開けた。

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