強引な取り調べから自白を強いられて有罪とされ、懲役12年の実刑が確定。出所後に再審請求が認められ無罪を勝ち取った女性がいる。
「謝って欲しいとは思わない。冤罪をなくして欲しいと思うんですけど…冤罪が無くならないということがおかしいですよね」
そのように話す女性の名は、西山美香さん(42)。西山さんは裁判中や服役中にも無実を訴えていたが、その声は、地元新聞が報じるまで大きな声にはならなかった。西山さんの失われた人生、そして人権はいまだ解決されない警察の取り調べにおける問題を浮き彫りにしている。
この問題を語るうえで“供述弱者”という言葉を知っておく必要がある。供述弱者とは、軽度の知的障害などを持ち取調官に迎合しやすい特性を持つ人のことをいう。
事の発端は2003年5月、滋賀県湖東記念病院で人工呼吸器をつけた入院患者が心肺停止状態で発見され、死亡した。この病院の看護助手だった西山さんは、人工呼吸器の異常を聞きながら適切な処置を怠ったとして業務上過失致死の疑いがかけられた。当時の取り調べの様子を西山さんは次のように語る。
「机をバーンと叩かれて威圧的な態度を取られてり、当時亡くなられた入院患者さんの写真を机に並べられて『これでも責任は無いのか』と頭を机に押さえつけられて…」
さらに座っていた椅子を蹴り上げるといった暴力的な行為もあったという。そんな取り調べの中で西山さんは「人工呼吸器の異常を知らせるアラーム音を聞いた」という嘘の自白をしてしまう。
このとき、警察が主犯格とみなしていた看護師は別の人物であったが、その看護師への取り調べが次第に激しさを増し、追い詰められてノイローゼに陥っていることを知った西山さんは「自分がチューブを抜いた」と殺人の自白をしてしまったのだ。さらにこの嘘の自白に沿って思い通りの供述調書を作り上げるため、警察は西山さんが取り調べをした刑事に抱いていた恋心を利用した。西山さんはこのようになったことについて「取り調べ警官のことをよき理解者だと思って親よりも信用していた」と明かす。
西山さんはこの自白をもとに起訴された。これら西山さんの供述は「身体拘束を受けない状態で自発的に自白した」として、裁判で採用された。西山さんは裁判に「否認したら裁判官ならわかってくれる」といった思いで臨んだというが、自供は覆ることはなく、懲役12年の有罪判決が確定。ほどなく服役となった。
しかし西山さんは諦めなかった。刑務所の中から無実を訴え、再審請求や裁判のやり直しを求め続け、350通におよぶ手紙を書き続けている。
「2005年11月26日
私は絶対Tさんを殺ろしていません
このことはなにがあってもまげません
Tさんをころしていないと
どうどうというつもりです」
「2007年10月21日
刑務所にきてもうすぐ一カ月がたとうとしています
でも私は、なんでこんな人間として
最低なところに入らなあかんのや
なにもしていないのに…
と毎日自分自身とかっとうしていますが、
仕方ないとあきらめるしかありません
ここの先生はあきらめて
刑を努めるように言われましたが、
私は自分が無実でなにもやっていない
ことをまげようとは思っていません」
「2016年
私はTさんを殺ろしていません。
これだけは胸をはって言えることです。
しかしA刑事を心から信用し嘘の自白を
したことは人生において最大の後悔です」
事態が打開されるきっかけになったのは、これらの膨大な手紙から事件を再検証した中日新聞の調査報道。裁判資料から供述が誘導された可能性を発見した。獄中で知能・発達検査を実施し、軽度の発達障害、知的障害を持つことが判明。このような障害を持つ人は対話力に支障があるとされ、自白が強要された可能性が科学的に裏付けられたのだった。
ついに再審請求が認められ、2020年3月31日、大津地裁判決で無罪判決が言い渡された。無罪判決を受け、西山さんは「(裁判官が)これから普通の女性として過ごしていってくださいと涙ながらに言ってくれたことは本当に嬉しかったです」と言葉を詰まらせた。一方、裁判長は「この事件を今後の司法の問題提起としなければならない。西山さんの15年以上の歳月を無駄にしてはいけない」と語った。
しかしなぜ、嘘の供述調書が採用され、冤罪は起きたのか。西山さんの主任弁護士である井戸謙一さん(68)は「密室の中で長時間にわたって厳しい質問を受けると、身に覚えのないことでも『やった』と言ってしまう。それに抵抗できない弱い人というのはかなりの割合でいると思う。西山美香さんは典型的な供述弱者だった。(警察のやり方は)かなりわかっていたはずですけど、検事もそれを是正できず、裁判所も全然チェック機能が働かなかった」と問題点を指摘。
そして今回の件が示唆する最大の問題点についても「(取り調べの)単なる録画だけ見たら非常にスムーズに自白しているように見える」と続けた。4月からは18歳にも裁判員制度が適用される。再び同じ過ちを犯さないためにはどのようにすればよいのだろうか――。
3日にABEMA『ABEMA的ニュースショー』に出演した元埼玉県警刑事の佐々木成三氏は、供述調書が問題とされた点について「昔から作文調書という問題は刑事としても問題になっていた。刑事の頭の中に描いたストーリーを作文のように取ってしまうということが冤罪に繋がってしまうということは、私が刑事になる前から問題になっていた。ただ、いまは自白の強要によって生まれた冤罪事件を教訓に刑事の司法改革制度が進んでいる。取り調べの録画や取り調べの監督制度がある。警察はこういった冤罪事件があったとき、問題提起をしたらどう対応するのかを考えなければならない」と私見を述べた。
井戸弁護士は「取り調べというのは非常に過酷。長時間にわたって密室で、こうではないか、ああではないかと責められる。その中で自分が体験したことだけを話して、違うことは違うと言い続けられる人はそんなに多くはない。誰もができるわけではない。そういう力の弱い人を供述弱者と言い、典型的には、少年や若者で社会的経験が浅い人。または知的能力、あるいは性格的に人に対して迎合性が高い人」と供述弱者について改めて説明。
西山さんも「最初は人工呼吸器のアラームが鳴っていただろとか、被害者の方の写真を並べられ、頭を押し付けられて『それでも責任は無いのか』と言われ、『責任はある』と言ったら『鳴ってたと言ってもいいだろ』と言われたが、鳴ってもいないのに鳴ってたとは言えないと言ったところ、パイプ椅子を蹴とばされ、ひっくり返った。それで怖くなって自白してしまった」など、刑事一人とのマンツーマンで受けた取り調べの様子を詳細に振り返った。
自白の真意については「私がアラームを鳴っていたと言ったことに対して、看護師さんに対して厳しい取り調べが起きてしまった。私が嘘をついたことで大変なことになってしまったという思いがあった。どうしたらいいのか分からなくなって、自分が全部を背負ったらいいと思い『自分がチューブを外した』と言ってしまった」と嘘の供述に至った心境や経緯についても説明した。
井戸弁護士は取り調べの際の警察官の対応に次のように述べて苦言を呈する。
「美香さんは看護師に申し訳ないと思って『アラームを聞いたというのは嘘だった』と供述の撤回を頼み込んでいる。しかし取り調べの刑事はそれを一切受け付けず、彼女はどんどん追い詰められ、最後にチューブを抜いたということまで追い詰められた。その時は家族が精神病院に連れて行くような状況だった。訴えを聞き届けないということがどれだけ本人を追い詰めるかということに、取り調べの刑事は考えが及んでいない。そこが大きな問題だ」
一方、取り調べの担当刑事に好意を寄せていたという西山さんは「事件が起きてから1年くらいは取り調べが無かったが、1年後に始まって、そこで滋賀県警の取り調べ警官が来て、初めは椅子を蹴られたり威圧的だったが、自分の生い立ちとかも聞いてくれて、兄が二人いるが、二人とも優秀で…学校の先生や両親に『何でお兄ちゃんみたいにできないんだ』と比べられた劣等感みたいなのがあった。そのことを言ったら『むしろ君は賢い方だ』と言って自分を認めてくれたと思い込んでしまって、優しい人だと思ってしまった。それで、その刑事のいい方に供述が行ってしまった」と述べ、刑事に寄せていた思いが、取り調べを自らにとっては悪い方へ、刑事にとっては良い方へ進ませる要因になったとした。
この話に驚いた様子を浮かべた千原ジュニアは「椅子を蹴って倒した刑事と同一人物なのか?」と問いかけると、西山さんは「アラームが鳴ったと言った途端、凄く優しくなって色々な話を聞いてくれた。当時は男性と交流がなかったので、若い刑事が話を聞いてくれて嬉しいと思ってしまった」と応じた。
さらにその刑事について今思うことについて聞かれると「当時は私の恋心を利用して供述をさせようということは思っていなかったが、今となっては利用したんだなと。警察に対して何を考えていたのか知りたいと思って国家賠償請求を起こした」と答えた。
西山さんの訴えに対して佐々木氏は「僕も女性の被疑者を取り調べたことがある。その時は必ず、女性警察官が立ち合いになる。一対一になることは絶対にしなかった。取り調べの体制として、一対一を作ってしまうのは問題」としたうえで「供述ありきで捜査を展開してしまった。供述が無くても立件できるという綿密な裏付け捜査がなければ起訴は難しくなる。供述が先行してしまったのが問題だったのでは」と私見を述べた。
■Pick Up
・「ABEMA NEWSチャンネル」がアジアで評価された理由
・ネットニュース界で話題「ABEMA NEWSチャンネル」番組制作の裏側