「人間も“兵器”になり得る」第6の戦場“制脳権”とは? フェイクニュース蔓延に専門家が危機感
【映像】第6の戦場 “制脳権”とは
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 ウクライナ東部の都市「クラマトルシク」でのミサイル攻撃。これを受けて、ゼレンスキー大統領は「駅への攻撃はロシアによる新たな戦争犯罪だ。関与した者は法による裁きを受けるだろう」と非難した。一方、ロシアのラブロフ外相は「こうしたフェイクニュースではなく、ロシアが示す情報に目を向けるべきだ」と主張している。

【映像】どこまで支配できる? 第6の戦場“制脳権”とは

 「悪いのはあちら側だ」と国民や世界に向けて発信する情報戦は、ネット上でも世界を巻き込み激化している。それは日本も例外ではない。

「ウクライナ軍車両が市民の車をひいた」「プーチンはアメリカの生物研究所が存在する都市や場所をターゲットにしているようです」(SNSへの投稿)

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 日本の情報戦分析会社「Sola.com(ソラコム)」によると、国内のSNSではロシア軍を擁護するような内容が相次いで投稿されているという。投稿しているのはフォロワー数が数万人を超える影響力の大きいアカウントで、「ロシア側が何らかの形で関わっているのではないか」という指摘もされている。

 陸・海・空・宇宙空間・サイバー空間の5つに加えて、第6の戦場として注目されている「認知空間」。人の脳を押さえる“制脳権”争いが激しさを増す中、防衛省は今月、世界中から発信される情報を分析する「グローバル戦略情報官」のポストを新設した。

「ウクライナ侵攻については、ロシアがいわゆる“偽旗作戦”と呼ばれるような行為を行っているとの指摘があるほか、様々な非軍事的手段と組み合わせたハイブリッド戦の様相を呈している。フェイクニュースについても、防衛省の強みを生かして分析を行っていきたい」(岸防衛大臣)

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 このニュースについて、国際安全保障やリスクマネジメントを専門とする東京海上ディーアール主席研究員・川口貴久氏に話を聞いた。


ーー「制脳権」とは、どういった概念か。

「文字通り、“脳をコントロールするパワー”という意味。具体的には、自分たちにとって都合がいい情報を流しながら、人々の認識や感情を変えて、最終的には行動や世論に影響を与えること。この言葉は、10年近く前に中国の軍事戦略の中で提起されたものだが、この考え方は大昔からあった。第二次世界大戦では、ラジオや軍用機から撒かれるビラなどがツールとして使われていた。ただ、現代ではインターネットやSNSが普及しているので、直接的にスピード感をもって広がるのが特徴だ」


ーー衝撃的な映像や感情に訴えることなどが制脳権につながるのか。

「そうだ。衝撃的な映像やテキスト、『誰かに拡散したい』と思うようなコンテンツが制脳権争いではよく使われる」


ーー制脳権により、SNSを通じて私たちが知らないうちに何かに加担している可能性もあるのか。

「安全保障関係者の間では、10年以上前から『ソーシャルメディアは兵器だ』という認識が広がっている。ソーシャルメディアが兵器だとすれば、それを利用している私たちも当然兵器になっているという認識を持つ必要がある」


ーー認知戦ではどのような種類の情報が使われるのか。

「典型的なのは偽情報。例えば、『ウクライナやアメリカが生物兵器を開発している』『ウクライナ侵攻前にはロシアは戦争する気がなくて、演習が終わったため兵を撤退している』などは典型的な偽情報で、ファクトチェックが可能だ。ただ、実際には偽情報やうそ以外にも、事実や意見、歴史的記憶に訴える方法も使われている。例えば、プーチン大統領は『ロシア・ベラルーシ・ウクライナは兄妹国家だ。ロシアの起源はキエフ公国にある』と言っていた。これ自体は事実だが、プーチン大統領はウクライナ侵攻の文脈でこれを正当化する目的で使っている。こうした観点では、まさに正しい情報が情報戦に使われている典型例だと思う。ただ、これはウクライナ側も同じ。ゼレンスキー大統領は、日本の国会演説で『原発』『サリン』『復興』といった日本人の感情に訴えるような言葉を使った。だから、ウクライナ側も認知戦を行っているという認識をもつ必要がある」


ーーSNSを通じて、人々の好奇心が拡大していく面もあるのか。

「私たちが関心を持つトピックやテーマが悪用されるのが典型。例えば、2016年の米大統領選挙では『銃の規制』『人工中絶』『人種差別』『移民の問題』といったトピックが認知戦のテーマになり、偽情報や様々な情報工作に使われていたことがわかっている。私たちが普段から関心を持っているテーマ、特に議論を呼ぶテーマや対立軸があるようなテーマは非常に使われやすい」


ーー各国首脳や前線に立つ人たちにとって、制脳権はメジャーな話なのか。

「制脳権という言葉自体は比較的新しいものだが、情報戦やプロパガンダという意味では昔から使われていた。大きな例を挙げると、1990年の湾岸戦争で、当時アメリカのメディアの中で、ナイラという15歳の女の子が泣きながら『クウェートの病院にいる赤ちゃんがイラク軍の兵士に殺された』と訴えた。アメリカの世論は同情し、議員は『アメリカはイラクに介入すべき』という主張をした。しかし、実はこの話自体が嘘であることがわかった。ナイラという少女も、アメリカにいるクウェート大使の娘だったと発覚した。これも世論を変えるという意味で、認知戦の典型例だと言われている」


ーー制脳権は、どこまで人を支配できるか。

「正直、完全な支配は難しい。ただ、脳神経科学あるいはブレイン・マシン・インタフェース(脳と機械を直接つなぐ技術)が発展し、『人間にどのような刺激を送れば行動が変わるのか』『どのような情報をもったときに自分の脳波は反応するのか』といった研究が進めば、支配とはいかないまでも認知に働きかけるような工作活動が行われると思う」


ーー制脳権に侵されないために、私たちができることや対処法はあるか。

「決定的な処方箋はないと思う。ただ、スウェーデンでは戦時における国民向けのマニュアルが公開されていて、その中には『偽情報に気をつけよう』という項目がある。具体的には、『その情報は事実に基づいているのか、意見なのか』『なぜこの情報は発信されたのか』『情報源は信頼できるか』『いつ公開されたのか』『なぜ今この情報が公開されたのか』など。そういったことに気を配りながら、情報の政治的な意図や背景に注意することで、少しでも備えることはできるかなと思う」


ーーSNS時代の戦争をどう捉えているか。

「1人1人がスマホをもとに情報を得て、発信できる。だれもが戦争の当事者だという認識をもつ必要がある」

(『ABEMAヒルズ』より)

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