知床遊覧船の事故を巡って、運航会社の安全管理規定を社長が把握していないなどずさんな管理体制が問題視されているが、事故の本質はどこにあるのか。知床遊覧船は去年の5月と6月に事故を起こしており、その際、国土交通省が特別監査を実施していたが、今月13日の国会で、同社によるずさんな運行記録を国交省の担当者は「ひょっとしたら確認をするときに見逃していた」「記録を見る限り適切ではない」などと答弁した。知床の事故を受け、国交省は小型旅客船に緊急安全対策の調査・指導を実施。しかし、国交省から実際に調査を受けた人物が「国は船長責任を重要視していない。国の船長に対する資格、安全に対する意識が猛烈に低い」などと怒りの声を上げた。
呆れた実態を告発したのは、東京ハーバーボートライセンススクールの榎本茂社長。東京・港区の区議会議員でもある榎本氏は「国の管理官が素人。その人が国から権限を持ってきて、業務改善命令を出す判断をするって、判断なんてできない」と憤りを露わにする。
船舶免許スクールの現役社長であり、(公社)関東小型船安全協会の東京支部長でもある榎本氏は子どもたちに海辺の楽しさと厳しさを教えるなどの活動を行っている。いわば“
海のプロ”である榎本氏は、水上バイクの相次ぐ事故について、過去の取材で免許証が容易に取得できてしまう免許制度の問題点を指摘していた。そんな榎本氏は不定期で旅客運航を行っていることもあり「安全運航管理者」として国交省の指導を電話で受けることになったという。
その担当者とのやり取りが「違和感だらけ」だったと榎本氏は振り返る。
「運航管理=陸にいる人間に今回は規制をかけて厳しくして、船長には一切触れないようにしようとしているように感じた」
違和感についてそのように切り出した榎本氏は、監理官が実際に海の事を知らないことを問題視。榎本氏によると、実際のやり取りは次のようになる。
運航監理官A:運航の中止基準ですが、どのように判断されていますか? 新聞やテレビで天気予報を見て判断されていますか?
榎本氏:あのね 新聞やテレビの天気予報を見て船出す人がいたら怖いですよ。波は風速で決まるんだから新聞やテレビじゃ風速はわからないでしょ。風速を知るためには専門ソフトや海上保安庁の情報サイトで調べるのは常識ですよ。
運航監理官A:次に安全管理規定に書かれている中止基準ですが、風速10m、波高1mとなっていますが、これに従っていらっしゃいますか?
榎本氏:Aさん…船の免許持っていますか?
運航監理官A:免許は持っていません。
榎本氏:風速10mって台風クラスですよ。出るわけないでしょ…。
榎本さん曰く、リアルタイムで風速がわかるアプリと気象庁の情報を照らし合わせるなどして、出航判断をしているという。船が出航を取りやめるかどうかは、風次第ということを監理官が知らなかったことに驚いた榎本氏は、船長の権限が曖昧になっている問題についても指摘する。発端となったのは、運航監理官との次のようなやり取りだ。
運航監理官A:中止の指示を運航管理者である榎本さんや会社の経営トップは指示を出されますか?
榎本氏:運航中止の判断は船長ではなく、事務所にいる運航管理者や経営トップが判断することに法律ではなっているのですか? 船長の判断が優先されるのでは?
運航監理官A:少々お待ちください。え~と…判断してアドバイスをすることにはなっていて、責任は経営側が取ることになるというか。どちらも責任があると。
榎本氏:では船長は、船の最終的な最高責任者ではないのですね?
運航監理官A:ちょっとお待ちください。船長は最高責任者と書いてあります。船長の判断を尊重して、みなさんで決めていただくことになるかと。
20日には国交省の検討会において「事業参入時に選任する運航管理者に試験や講習の導入」などの改善案が出されることになった。この改善案について榎本氏は「陸にいる人間にいくら厳しくしてもダメ。皆は船長に命を預けているのだから」と呆れた様子で語った。
巨大タンカーの元船長である片寄洋一さんは運航航路の決定における船長責任について「観光ルートや海域は会社が指定する。全面的に会社の命令に従うかというと、船というものは全責任が船長にあるということは権限も船長にある。会社の言うとおりに絶対服従というのはありません」と説明する。
国土交通省海事局の担当者は、今回の緊急安全対策は知床の事故原因となった点を主に調査・指導することが目的であり、運航管理者への確認が多くなった。担当は運輸局職員で必ずしも船舶免許保有者ではないなどと回答している。
22日にABEMA『ABEMA的ニュースショー』に出演した榎本氏は知床遊覧船の事故について「周りの漁師が出ないような状況で船長が出ていった。いま、報道や国は陸上にいた運航管理者の社長に責任をどんどん持って行こうとしているが、すべて最高責任者の船長の判断であり、船長の責任が一番大きい」と主張。さらに「ここ(船長責任)にスポットを当てていないことは、ものすごく危険な事」と続けた。
また実際にやり取りをした国交省の監理官については「天気予報をテレビや新聞といきなり言われて、それらでは風速はわからない。風で波は起きる。危ないかどうかは雨が降るか晴れるかではなく、風がどう変わっていくか。風速は例えばお昼の12時で10mといっても、11時50分から12時までの平均値。最大値はこの風速の倍くらいになることもある。20mくらいになることもあり、最大風速が一番怖い。風は生き物。今後どう変わっていくか予測するために情報を集める。陸にいる運航監理官と相談する船長はまずいない。判断に迷った場合は同業他社に連絡をしてみんなで決めていくのが現実の話だ」と監理官とのすれ違いや違和感を述べた。そのうえで榎本氏は「監査は業務命令を出せる人間だから専門官でなければいけない。素人が入って業務改善命令が出せるのか。むしろ、公務員に対する怒りが湧いてきた」とも続けた。
榎本氏がもう一つ気になることが、国が船長責任を軽視していることだ。「船長責任というものを、国は全く重要視していない。世界中で最高責任者は船長。船長の資格や技量をしっかりやっていかなければならないが、ここがユルユル。国は船長に技量を問うてこなかった」とこの問題について切り出した榎本氏は次のように船舶免許制度の問題点を訴える。
「平成21年度に船舶免許を取得した人は年間に7万4500人もいる。国家試験の一発試験で、この実技試験の合格率は96.7%。つまり100人のうち3人しか落ちない、落とされない試験。試験に向けての練習時間は国が所管している国家資格を持つ講師のもとで4時間と決められているが、半数程度の学校では5人くらいで1時間。1時間を5で割ると、10分くらい。それでも100人に3人しか落ちない」
さらに榎本氏が問題に感じていることがある。それは、旅客船や遊漁船など、人の運送をするプロのライセンス(特定操縦免許)に試験自体が存在しないことだ。
「講習を受けるだけで100%合格する。試験がないから大半の人間が寝ていることで有名なのが特定操縦免許の講習。5分や10分で免許が取れてしまって、プロライセンスは試験がない。不適格者が年間何万人もプロの船長をやっている可能性がある」
それらの理由から榎本氏は「国の船長に対する資格、安全に対する意識が猛烈に低い」と語気を強めると、少し間をおいて「(知床遊覧船の事故が)偶発的だったのか…ではなく必然。国の制度の欠陥。免許を乱発してきたツケが出てきている」と断罪した。
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