10年ぶりの敗北で「人生観が変わりました」と武尊は語った。

 6月19日の『THE MATCH 2022』で那須川天心と対戦、判定負けを喫した武尊は、27日に会見を実施。試合直後の選手インタビューでは精神的にしっかり話せる状態ではなく、短いコメントのみとなっていた。そこであらためて会見の場が設けられたのだ。

 会見で発表されたのは「一回、格闘家として歩みをストップする」こと。保持するK-1スーパー・フェザー級のベルトも返上した。

「心と体のコンディションを戻して、そこから新しいチャレンジができたら。前向きな意味の休養です」

 那須川戦については「あの時点での100%を出したので悔いはないです」と一切の“たられば”を口にしなかった。ただこれまでのキャリアで満身創痍だったのは事実だ。慢性的な拳の負傷。腰は分離すべり症だ。ヒザの靭帯も損傷。精神科にも通院していた。パニック障害とうつ病と診断された。

「同じような病気やケガで苦しんでいる人たちに最高の心と体で復活する姿を見せる。それが次の闘い」

 会見でそう語った武尊。新たな目標として考えていることがあるとも。そして何度も、ファンへの感謝を口にした。

「試合が終わってから公の場で、みんなに伝えることがやっとできました。よかったです」

 会見を終えた武尊にインタビューすると、ホッとしたような表情をしていた。実は試合後、すぐにでも会見をしたかったが、25日にK-1女子大会があるため「邪魔をしたくなかった。僕の話題で女子大会がかすむのは嫌だったので大会後の会見にしました」と言う。そんなところも武尊らしい気遣い、K-1全体への気持ちの表れだった。

 武尊は2012年、Krushでのキャリア6戦目で敗れて以来、10年間勝ち続けてきた。つまり那須川戦は10年ぶりの黒星だ。負けたら終わり。常にその思いで突っ走ってきた。負けたら引退する、そう公言もしていた。そんな武尊に、意外な言葉が待っていた。

「試合が終わって引き上げる時に、みんなが“ありがとう”と言ってくれて。想像してなかったです。言われたとしても“おつかれさま”かなと思ってたので。嬉しかったです。負けたらすべて失うんだと、その恐怖の中で10年間やってきた。でも“ありがとう”と言ってもらえた。人生観が変わりました。これまでもたくさんパワーをもらってきましたけど、それ以上でした。人の言葉でこんなに心が動くんだって。いい意味で恐怖がなくなって、また強くばれるなって思います」

 SNSにも、大量のファンの声が寄せられた。ありがとう、やめないでという声ばかりで、やはり心を動かされた。「苦しみから解放された感じでした」と武尊。試合後の控室には、ゲストとして来場していたTaka(ONE OK ROCK)とローラが来てくれた。

「この試合のためにアメリカから帰ってきてくれたのに、結果が残せなくて申し訳ない気持ちで。なのに“勝ち負けじゃなくて、武尊はこの試合で人の気持ちをたくさん動かしたし、夢とか感動とか希望を与えたんだよ”と言ってくれて。その言葉にもすごく救われました」

 武尊はもともとK-1のファンだ。特にアンディ・フグの闘いに魅了された。何度も手痛い負けを喫し、そこから這い上がってK-1 GPで優勝を果たした。武尊も同じで、ファンは勝ち負けだけでなく闘う姿勢、K-1を背負う姿に惹かれていた。ただ本人だけが、そう思うことができなかった。

「今までは勝つことで人に勇気やパワーを与えるんだと思っていました。勝つことでしか存在価値が見出せなかった。そういうイメージを自分で勝手に作ってたんです。でも試合内容や闘う姿で感じ取ってくれたんだなって。それは今回、言われなかったら気づけなかったことです。(ファンが見ているのは)勝つ姿だけじゃないんだなっていうのを教わりました」

 まだ具体的なものではないから、新しい目標に関しては話せない。復帰の時期も明言しなかった。決めているのは海外で生活することだけ。自然の多いところで、あまり人と会わずに自分と向き合いたいという。

「復帰の時期を決めてしまうと、自分を追い詰めてしまうと思ったので。今は何も決めないようにしようと。ただ前向きな休養なので。目標がなかったら休養しようとも思わなかった。目標があるからケガや病気を治そうと思ったんです。燃え尽きたと思ったら燃え尽きてない自分がいた。まだ次を見ている自分がいた。その可能性を信じて、復活する姿を見せたい。それも勝負だと思ってます。この勝負に勝ちたい」

 インタビューで印象的だったのは「もっと強くなれる」という言葉だ。心と体を整え、“負けたらすべてを失う”という恐怖からも解放された。復帰したら、今まで以上に凄い武尊が見られるのか。

 ただ武尊は、これまでもリングに上がれば“怖いもの知らず”の打ち合いを展開してきた。極度のプレッシャーと闘いながら、いざゴングが鳴れば殴り合いが楽しくて笑ってしまう。そんなファイターだ。では今まで以上に“怖いものがなくなった”武尊はどんな選手になるのか。

「客観的に見て、めちゃくちゃ面白い試合ができるんじゃないかと思います。もちろん、これまでの試合も面白いと思ってもらえてたら嬉しいんですけど。僕はガンガン打ち合ってるように見えて、繊細なところもあって。でも(復帰したら)いい意味で繊細さをなくしていくのかなと。格闘家として心から楽しむ試合ができるんじゃないかと思ってます。それにうってつけの選手が、世界のどこかにいるんじゃないかと。そう思うから、今はしっかり治したいです」

 武尊とはひとまずお別れとなる。ただ練習はするしSNSも続けるそうだ。今はとにかく、彼が心穏やかな日々を過ごせることを願う。ファンの期待とアンチの悪意、どちらも正面から受け止めて闘い続け、ついにはドームを超満員にした男だ。どれだけ休んでもらっても構わない。我々は待つだけだ。武尊が闘う姿をまた見られるのなら、さらに強くなった武尊を見られるのなら、どれだけでも待てるというものだ。

文/橋本宗洋

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