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  将棋界の長い歴史の中で、まだ誰も開くことができない「女性の棋士誕生」という重く厚い扉。2022年5月27日、里見香奈女流四冠(女流王座、女流王位、女流王将、倉敷藤花、30)が、女性初のプロ編入試験受験資格を自らの手でつかみ取り、その扉の前に立った。受験を決意し「今は純粋に将棋が大好きという気持ち。少しでも棋力向上を目指して強い方々と対局をしたいという、ただそれだけです」という里見女流四冠の言葉は、多くのファンの心を揺さぶった。棋界の頂点に立つ渡辺明名人(棋王、38)の瞳に、里見女流四冠の姿はどのように映るのだろうか。残酷なほどにシンプルな勝負の世界を生きる第一人者が問いかけた、ひとつの質問と制度設計への疑問とは――。

【動画】里見香奈女流四冠が快挙を達成した一局

◆「中学生プロ、すげー!とはならない」
 
――将棋界の2022年前半のトピックスのひとつとして、女流棋界の活性化が挙げられます。鎌田美礼女流2級(14)、木村朱里女流2級(13)、梅津美琴女流2級(14)と中学生が続々と女流棋士となりました。どんな要因があると思われますか? 
 
 確かに若い人が多いですよね。(将棋を指す)人口的にも増えてるんでしょう。これだけ将棋を見る環境が増えると目指す人も増えるから、優秀な人材が将棋界に入ってきやすくなるのかなと。そうなるとレベルも当然上がってきます。

 ただ、里見さんも西山(朋佳白玲・女王、27)さんも中学生の時にかなり強かった訳だから、「中学生プロ、すげー!」とはならないです。 

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 ――里見女流四冠が棋士編入試験受験を決断されました。この一報を聞いた時のお気持ちを教えてください。 
 
 (受験も断念も)どっちもあるのかなと思っていました。難しい決断だろうなと。ただ、受かったとしたらその後の方が大変。だから受けないというのもあると思っていました。周りの人の期待もあったでしょうし、かなり難しい選択だったと思います。 

渡辺明名人「将棋をどう捉えるか?」女性初、プロ編入試験に挑む里見香奈女流四冠への問いと変革期の現実
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 ◆「将棋をどう捉えるか?」

――渡辺名人が考える「大変」というのは具体的にどんなポイントなのでしょうか? 
 
 (編入試験に)受かったとしたら、棋士になります。それ自体はもちろん初めてのことなので、快挙です。さらにプロ入り後に良い成績を取ると、フリークラスを抜けて順位戦C級2組に入ることになりますよね。でも里見さんって、現状で1年間に80局くらい指してるんですよ。それって男性棋士よりも全然多い。男性でも一番多い人で70局くらいなんですよ。今の80局でもパンパンだと思う。

 C級2組に入ったら(年間で)プラス10局でしょ?ってなった時に、それが良いことなのかちょっとわからないです。 明らかに大変になるわけですよ。現状でパンパンなのにプラス10局、しかも順位戦って(持ち時間が)6時間じゃないですか。そうなると、もうその人の価値観の話になってくる。将棋をどう捉えるか、の話ですよね。 

◆里見女流四冠を待ち受ける、変革期ゆえの厳しい現実
 
 「とにかく将棋を1局でも多くやるんだ!」って、それを生きがいとして捉えてる人ならそれでいいかもしれないけど、私のように仕事は幸せに暮らすための手段だという考えの人だとしたら、80~90局でパンパンになるのは、本末転倒かなと思うんです。休みがほとんどなく、それがしんどいと感じたら全体のパフォーマンスも落ちてくると思うんですよね。 
 
 ただ、今までそういう人がいなかったから制度が考えられてなかった。棋戦と女流棋戦を兼業する人をどうするの?みたいな。だから現状はしょうがない部分もあるんですけど、どうしても変革期にいる人は大変な思いをする部分もあって。 

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◆「女性初の棋士となればもちろん快挙だし、期待は当然ある。けれど…」
 
 価値としては、順位戦参加と比較しても女流タイトル戦の方が上だと思います。そうなると順位戦10局って余分かもしれない、という考えもある。でも、それをやらなくていいっていう選択肢はないですよね。だってプロになって(所定の)成績を挙げればC級2組に行く訳で。ってなったら90局やるの?と。それを考えると、プロになった先に勝ちまくるのが果たしていいのか、という考えになってきちゃうと思うんです。だから現状のルールだとすごく難しい選択だなと。

 男性でも(年間に)50局は多いんですよ。それが90局でしょ。これは出ます、出ませんって言えないし…。女性初の棋士となればもちろん快挙だし、そういった期待は当然ある。けど現実的に無理なく指せる「適正数」というのもあるので、かなり難しい決断だったと思います。

【動画】里見香奈女流四冠が快挙を達成した一局
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