6月12日のさいたまスーパーアリーナにおける『サイバーファイト・フェスティバル2022』のリング上で来春引退を表明した武藤敬司。そのファイナルカウントダウンが7月16日の日本武道館大会からスタートした。アイドルのスペースローンウルフとして売り出された時代のテーマ曲『ファイナルカウントダウン』の旋律が『HOLD OUT』に変わる中、花道を進む武藤を待ち受けていたのは“ノアの未来”清宮海斗だ。

 2020年8月10日、横浜文化体育館で初めて一騎打ちを行って以来、清宮にとって武藤はひとつの目標、指針になった。足4の字固めで敗れたものの、4年8ヵ月というキャリアでグラウンドの攻防で必死に食らいつくことができた清宮は「格闘技経験がないからこそ、リング上での腕の取り合いとか基本的なところにのめり込んでいて、頭を使いますし、知恵の輪みたいなのが凄く面白いですね」と、武藤との戦いにハマった。一方の武藤も前半5分のグラウンドの攻防を重視しているだけに、そこで逆に自分をコントロールしようと挑んできた自分の息子と同い年(96年生まれ)の若者に興味を持った。

 2度目の対決は昨年3月14日の福岡国際センターにおける武藤に清宮が挑戦したGHC戦。腕ひしぎ十字固めを極められて2連敗を喫した清宮は、その奥の深さを見せつけられて一時スランプに陥ったが、半年後の9月26日、後楽園ホールでのN―1公式戦では30分時間切れで互角の攻防を見せた。武藤の2勝1分けからの今回の4度目の対決。恐らくこれが最後の一騎打ちになる。

 引退を決意したが、その最後の瞬間まで現役バリバリでいるのが武藤の生き方。だから今回の清宮戦が決まると、何かを伝承するとかという言葉は一切なく、感慨も一切感じさせずに「これで俺が勝って終わったら、清宮はまだプロレス人生が長いわけで、ずっと武藤敬司の亡霊にとりつかれてしまうんじゃないかって、逆に心配しちゃいますよ。俺、自信あるからさ、ホント、負けたらどうすんの? 俺、遠慮しないよ。清宮に介錯されるつもりはないからな」と、ポジティブに勝利宣言。 

 そんな武藤の姿勢を清宮は百も承知。だから序盤のグラウンドの攻防から武藤に先手を取らせることなく、様々なバリエーションの腕攻めで機先を制し、ドラゴン・スクリューをことごとく潰し、途中に武藤のお株を奪うフラッシングエルボー、極め技のダブルアームロックなどを織り交ぜて、試合の主導権を奪った。

 武藤が反撃に出たのは10分過ぎ。普通のドラゴン・スクリューだと潰されると見るや、逆回転のドラゴン・スクリュー、半回転のドラゴン・スクリュー、そして正調ドラゴン・スクリューを決め、足4の字固めに持ち込んで試合を五分に戻す。

 武藤の足攻めに対して、清宮も腕攻めから足攻めにチェンジ。圧巻だったのは花道からリング上の武藤の膝裏へのエルボー・スイシーダだ。そして足4の字をガッチリとロックすると日本武道館に武藤の悲鳴が響いた。

 ここからジャーマン・スープレックス、タイガー・スープレックスでたたみかけた清宮はコーナー最上段からダイビング・ニーアタックを狙うが、これをかわした武藤は串刺し式のシャイニング・ウィザード。武藤も必死だ。清宮をコーナーの上にセットすると、自らもコーナーに立とうするが、ダメージで左足がなかなかトップロープに乗せられない。それでも強引に雪崩式フランケンシュタイナー! 大事な場面でリスクを顧みずに大技を成功させるのが武藤である。

 20分を経過して武藤は勝負をかけた。ドラゴン・スクリューからシャイニング・ウィザード、後ろから後頭部へのシャイニング・ウィザード、そして正面から満を持したシャイニング・ウィザード! しかし清宮はカウント2でクリア。武藤は勝利を確信してLOVEポーズからとどめのシャイニング・ウィザードを敢行したが、これを清宮が両腕でブロックした。

武藤が清宮を攻めきれなかったことが勝負の分かれ目になった。清宮はブロックされてダメージを負った膝を押さえる武藤に低空ドロップキックを連発し、コーナー最上段から右膝にミサイルキック、さらにシャイニング・ウィザードまでも発射! 武藤がカウント2でキックアウトしても、清宮は浮足立つことなく足4の字へ。

 25分経過のコールと同時に自ら足4の字を解いた清宮は、ドラゴン・スクリューから、3度の足4の字。26分28秒、遂に武藤はギブアップの意思表示をした。武藤を確実に仕留めるために勝負に徹した清宮の勝利だった。 

 バックステージに戻ってきた武藤は開口一番、「やっぱり、いくら引退が決まっていても、負けると悔しいな。悔しいよ」。それでも、しばらくすると「口では悔しいって言ってるけど、そこまで本当は悔しくねぇから。一応、建前上、言っておかないと、あいつが有頂天になったら困るから」と、悔しさ半分、清宮の成長を嬉しく思う気持ち半分の複雑な本音がポロリと出た。

 そして「俺に勝ったご褒美としてドラゴン・スクリュー、4の字、シャイニング・ウィザード、あいつに譲るよ」と、三種の神器を譲渡することを明言。最後に「で、少しノアが儲かってきたら、俺がロイヤリティ取るから」と付け加えたところが武藤らしい。

「まだ俺に勝っただけで、彼のプロレス人生は長いわけであって、ここから俺に負けずにどれだけ多くの作品を今から作っていくかっていうのが清宮の課題。もういい加減、親離れしてもいいんじゃないかと。敵はここじゃないよ」と武藤が言う通り、この7月16日の日本武道館でひとつの作品を作り上げた清宮がこれから、どれだけファンの心に響く作品を作っていけるのかが大事。実は、それが武藤敬司との本当の勝負なのだ。

文/小佐野景浩