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 日常的に大記録や最年少記録が生まれ、更新されていく将棋界。その記録の多数を保持し、現在もトッププレーヤーとして棋界をけん引し続けるのが羽生善治九段(51)だ。さらに、将棋界には新たな巨星・藤井聡太竜王(王位、叡王、王将、棋聖、20)が登場。今では押しも押されぬスーパースターとしての地位を築き上げている。破竹の勢いで成長し今後どこまで飛躍するか想像さえできない若武者の姿を、将棋界の未来を、羽生九段はどのように見ているのだろうか。新たな大記録、前人未踏の公式戦1500勝を達成した羽生九段に、将棋界の現在地と未来を聞いた。

【動画】羽生善治九段、通算1500勝を手繰り寄せた決断の一手

◆藤井竜王は「完成されていますよね」

――藤井竜王が7月19日に20歳の誕生日を迎えました。トップ棋士との対戦が増えても年度勝率8割を超え続ける理由を、羽生九段はどのように見ていますか?

 年数を重ねて…といっても藤井さんはまだデビューから6年ですね。その中でも進化している、強くなっているという印象があります。当然、対戦している人も厳しくはなっているんですけど、そこでも緩まずに分析、研究を深めていけるんじゃないかなと思います。

――ご自身の経験では、10代から20代で変化を感じた部分はありましたか?

 自分自身の時は、10代の時だとまだまだ欠点や短所がたくさんあって課題だらけでした。藤井さんの場合はかなり「完成」されていますよね。ミスも少ないですし、その時その時の課題やテーマを着々とこなしているという印象があります。

――藤井猛九段が「トップ棋士は頭の中の9割が将棋で、残りの1割でそのほかの仕事や生活をこなしている」とお話されていて驚きました。取材や公務以外の仕事も多いと思いますが、羽生九段はどのように研究の時間を捻出されているのでしょうか?

 少ないリソースで頑張っています…(笑)。ちょっとしかないけど、それで何とかしなきゃいけないから必死に頑張っています。生活のサイクルの何かの部分を削っているわけではなくて、棋士の場合は一般の方と比べると知識とかそういうところに偏りがあるということだと思います。

――9:1というのは想像すらできないレベルです。

 フフフ、あまり真似はしない方がいいです。おすすめできる使い方ではないです(笑)。

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◆「藤井さんが幸運だなと思うのは…」

――羽生九段が七冠を独占された1995年当時と、現在の藤井竜王が置かれている状況の違いとして、ネット中継の進化が挙げられると思いますが、羽生九段から見て良い部分と、大変そうだなと思う部分があれば教えてください。

 タイトルの数が増えれば、それに伴う用事とかやらなければならないことも増えるので、そこは大変だなと思いますね。ネット環境の変化もありますが、中継に関しては藤井さんはデビューした時からずっとそれが当たり前なんですよね。たぶんデビューしてから中継していない対局ってないんじゃないですかね。周りに見られているとということに関していえば、その方がスタンダードになっているのかなと思っています。

 ただ、他のことも忙しくなってくると思うので、いかに上手に調整して、マネジメントしていくのかというのは藤井さん本人にとっても、将棋界全体にとっても大きくて大事なことなのかなと思います。

――羽生先生は七冠制覇時代、どのようにお仕事をこなしていらっしゃいましたか?

 私の場合は、そうはいっても藤井さんと比較したら全然大したことないので、個人でさばけるくらいの感じではありました。

 ただ、藤井さんが幸運だなと思うのは師匠が杉本(昌隆八段)さんということです。見識をもって、すごく良い形でサポートしているという印象を持っています。そこは心強くて大きな存在なのかなと思っています。名古屋にも対局場ができて、移動の問題も少し緩和されると思うので、外の環境みたいなものもこれから先どんどん変わっていくだろうなとも思っています。

◆藤井戦は「悪手1回指したら終わり…ってことですよね」

――環境整備やシードが適用される一方で、トップ棋士にとってはコンディション調整の難しさも“難敵”のひとつだと思います。複数冠保持されている場合は全国を転戦することも日常となりますが、羽生九段が苦労したことなどはありますか?

 当たり前ですけど、若くても疲れてくるので…(笑)。そこをどういう風にリカバーするかというのが一番大事なのかなと思います。やはり体調が優れないと良い将棋は指せないんですよね。2日制や長時間の対局は相当消耗するので、そこから上手く回復してフレッシュな状態に持っていくというのが一番難しいところだと思います。

――大きな対局が続くとどうしても切り替えがうまくできなくなってしまう気がします。

 個人差あると思いますが、永瀬(拓矢王座)さんのように何の躊躇もなく対局前後に研究会をやるという方もいますし、休むことを優先する方もいると思います。

――羽生九段から見た藤井竜王は、何の能力が突き抜けていると思われますか?

 細かい競り合いになった時にすごく強いのもありますし、全体的にミスが少ないと思います。ただ、藤井さんと言えども(ミスが)ゼロではないですよ。でも他の棋士と比較したら明らかに少ないと思います。

 一局の中で最善手、疑問手、悪手とあった時に、悪手って1回出るかどうかというレベルだと思います。疑問手は複数回、というレベルです。対戦する相手からしたら、悪手1回指したら終わり…ってことですよね。だから8割勝つんですよね。でもプロ同士なので、悪手って少し考えたら明らかにおかしいというのはあるんですけど、でもそれくらいの精度の高さなので「完成」されていると話したのはそういう意味です。

◆「しんどいですけど、それをやって対抗しているんだと思います」

――藤井戦に臨むにあたって、先生方はどんな対策を立てられていると思われますか?

 事前にものすごく深く考えられていて対局しているというのは、棋譜を見るだけでも明らかにわかります。特化しているというか、藤井さんとの対局に合わせて対策をしているということですよね。基本的な戦略としては、先ほどの「悪手は1回」というのがあるので、とにかく少しでもいいから先行して逃げ切るという感じを目指しているはずなんです。

 野球で言ったら、1回の表に1点取って、その1点を必死に守り切るという(笑)。もうピッチャーをいっぱい投入してでも、何とかそれを必死に守り切るというのが良い作戦なんじゃないかなっていうアプローチなんだと思います。しんどいですけど、それをやって対抗しているんだと思います。

 例えば今期の王位戦七番勝負の1局目はその作戦がピッタリはまったんですよね。豊島(将之九段)さんが勝ち切っているので、その研究の深さと技術、前例や研究から離れたところからのスキルの高さを見せた一局だったと思います。

――羽生九段は、普段はどのように対局を見ていますか?

 家にいる時はABEMAの中継で見ていますけど、移動しているときだと携帯中継で見ています。他に用事がなければリアルタイムで見ています。2日制のタイトル戦の1日目とかは、ここで長考して封じ手だとかはわかるので端折って見ていますね。

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◆「藤井さんは横に置いておいて(笑)」

――藤井竜王を筆頭に伊藤匠五段(19)、服部慎一郎四段(22)など、スター候補生がたくさんいらっしゃいます。「文春将棋 読む将棋2022 (文春MOOK)」の中でも取り上げられていた「藤井時代か、藤井世代か」というテーマについてはどのように考えられていますか?

 一般的に言えば19歳とか20歳って、三段とか四段が普通の年齢なので、藤井さんだけ(成長率が)おかしいんですよ(笑)。だから回りの人たちがさぼっているとか伸びてないというわけではないんです。

 伊藤匠くんもそうですが、藤井さんがいなかったら超有望な棋士なんですよ。藤井さんと比較していくとすべての話がおかしくなるので、横に置いておいて(笑)、他の若手棋士はどうなっているかという視点で見るのが大事なのかなと思いますね。

――羽生九段は「羽生世代」の存在をどのように感じていましたか?

 アマチュア時代から切磋琢磨しているというのはありますし、実際にタイトル戦とか大きな舞台で顔を合わせるようになった時は感慨深いというのはありましたね。最初のうちは「世代」とかが気になりますけど、だんだんそうそういうことは希薄になっていくというところはあると思います。

 30代になったら40歳も50歳もだいたい同じという大ざっぱになってくるので、そういうことを意識しているのは20代くらいまでなのかなと思います。

――羽生世代と言われている同年代の森内俊之九段(51)、佐藤康光九段(52)などの先生方と遊びに出かけられたり、個人的に連絡をとることはありますか?

 いや~…(笑)。会長の佐藤さんとは運営とかリアルな話はしますけど、それは完全に仕事の話ですよね。会長になってから話す機会は増えましたけど、プライベートで一緒に出掛けたりとかそういうことはないですね。

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◆羽生九段の考える将棋界の未来

――以前にも増して話題が豊富な将棋界ですが、6月には「名古屋対局場」が開場しました。こちらの印象をお聞かせください。

 私はまだ行っていないのですが、9月の対局が名古屋対局場になると思います。すごい広い場所みたいですね。現地に行ってみたいなと思います。名古屋在住の方だけではなく、東西交流の場所としても広がっていってほしいなと思います。

――女流棋界も非常に賑やかで、次々に中学生の女流棋士誕生したことも話題を呼びました。

 新しい方が入ってくるのは非常に良い傾向だと思いますし、他の道を模索しながらでも棋士や女流棋士でやっていくという形で、たくさんの人に入ってきてほしいなと思います。

 将棋に100%かけて全部やってくるというよりも、将棋も好きで続けながら、他のこともやっていくというスタンスでもやっていける世界だと思うので、小学生、中学生の方たちはそういうスタンスでやってほしいなと思います。

――羽生九段がお弟子さんを取られる可能性について、現時点でのお考えを教えてください。

 新たに弟子を取るということは、ここまで弟子をとらなかったので、この先もないんじゃないかなと思っています。将棋を新たに始める人たちが増えていけばいいなというのはもちろん思っています。

――将棋界を飛び越えて社会的な話題を呼んだ大きなトピックとして、里見香奈女流四冠(30)が棋士編入試験の受験資格を獲得し、8月にはいよいよその試験が始まります。

 里見さんが編入試験を受けるという決断をされたことは素晴らしいことだと思います。結果もそうですし内容も素晴らしいものがあるので、編入試験も拮抗した対局になるんじゃないかなと思っています。

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「ちょっとですけど、少しずつ前進している」羽生善治九段の新たなる挑戦の道のり | ニュース | ABEMA TIMES
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