年間3万人が性被害に遭うタイで“性犯罪者の化学的去勢”が可能に 臨床心理士「日本でも重症者で3人に1人が再犯する現状に適用を」
【映像】化学的去勢、日本でも導入すべき?
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 「タイで性犯罪者への化学的去勢手術が可能になった法案が成立した」というニュースがネット上で話題になっている。

【映像】“性犯罪者の化学的去勢”、日本でも導入すべき?(専門家の解説)

 2022年7月、タイで刑期の短縮と引き換えに、一部の犯罪者に化学的去勢を選択する権利を与える法案が145名の上院議員の賛成により承認された。2人の医師の承認を得ることが条件で、犯罪者は10年間監視される。

 化学的去勢とはテストステロンのレベルを低下させる注射の投与をすることで、ポーランドや韓国、ロシア、エストニア、アメリカの一部の州で導入されている。

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 このニュースについて、タイ在住のジャーナリスト・小堀晋一さんと中継をつなぎ、話を聞いた。

――性犯罪者への化学的去勢が可能になりましたが、どのような経緯があったのでしょうか?

「1月の半ばにタイの上院で法案が可決された。今後タイの下院での再可決を経て、国王が採択することになっている。その手続後に公布され、化学的去勢が法的に実施可能になる」
 

――この法案が成立した背景を教えてください。

「タイでは年間約3万人の女性が犯罪の被害に遭っていて、人口で言うと2倍近い。日本では1万人程度に留まっていて、かなり多い数字となっている。こうした女性に対する後を絶たない性犯罪を政府としても『なんとかここで低下させたい』『女性の悲しみをこれ以上増やしたくない』という動機で法案が提出され、審議が山場を迎えている」
 

――賛否両論あると思いますが、国民の“受け止め”はいかがでしょうか?

「確かに本人の同意があるにせよ、強制感は否めないので国際的な非難はあると思う。ただ、タイではこの法案についての関心は少なく、わずかにSNSなどで情報が発信されているだけ。しかも、国民の意識には非常に厳しいものが向けられている。性犯罪者に対して『当然だ』『そこまでしなければ直らない』といった声の方が圧倒的だ」
 

――性犯罪者に対しては「罪を犯すと最高でも終身刑を科される」とも言われていますが、それでもタイで広く性犯罪が起きてしまっているのには何か理由があるのでしょうか?

「一般的に、旅行者の(タイ人の)イメージとしては非常におおらかな印象を持つと思う。しかし、それは一面的。性に開放的だから性犯罪が多いということはない。こうした中で、近年一部の人権団体などから一つの見解が示され、注目を集めている。それは、『タイの社会に伝統的に曲がってきている家族観や男女観という感覚観念が少なからず影響しているのではないか』という見解だ」

「タイでも日本同様にテレビドラマが流行しているが、一番人気があるのは家族や恋人たちを扱ったラブストーリーやヒューマンストーリー。中でも最も関心を寄せるのが“家族の絆”や“男女間の愛”などの問題だ。例えば、暴漢に襲われた妻を介護する男性。でも、その男性の心の中にはどこか許せない気持ちがある。あるいは、経済的な面から自分の意思に反して結婚を強いられた女性。しかし、強いられた相手に次第に惹かれていくといったドラマが非常に人気を博している。一部の人権団体は、ここで描写されてる暴力シーンや強制された結婚などのシーンが予期せぬ形で犯罪に繋がってるのではないかという指摘をしている。よく番組を見てみると、日本であればとても上映ができないようなカット、シーン等も珍しくない。そうしたシーンをタイの青少年がごく普通に子どもの頃から見ている現状があるのではないかというのがこの人権団体の指摘」

「性差について非常に寛容で区別なく受け入れているタイでは、個人を個人として認め合う理解が広く社会に浸透している。一方で、“伝統的な家族観”という価値観には非常に強いものがあり、これに反する性犯罪に対する嫌悪感や強い抵抗感は根強い。こういった方々に対して強制的な化学的去勢をすることに対しても、あまり反対意見が起こらないのだと思う。我々はよく西洋的な価値観で判断しがちだが、単純には測れない各国の事情があると言える」

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 また、番組コメンテーターとして出演した臨床心理士・公認心理師で明星大学心理学部准教授の藤井靖氏は、日本で化学的去勢の制度を導入・促進することについて次のように述べた。

「日本では歴史的に反対意見も多くて、議論が止まっている状況。去勢的な対処(治療)は一部で行われているのみであり、一般的ではなく制度化されていないのが現状。ただ、専門家の立場からすると、任意性を担保した上でむしろ日本でも導入していくべきと思う。例えば、性犯罪者における“性依存”という行動に対する再犯予防は、非薬物療法が中心。私もやっている認知行動療法ではプログラムを受けてもらうが、特に重症度が高い人はプログラムを受けたとしても3分の1ぐらいは再犯に至るというデータもある。しかも、長期に渡ってプログラムを受けることが義務化されているわけではないため、参加意欲がなかったり、まともに受けていなかったり、内容がほとんど身についていない人も多くいる」

「なので、治療の選択肢として、本人が選ぶことを前提にバリエーションは多くあった方がいい。薬を使わない再犯予防プログラムでは、自分の思考のコントロールや、罪を犯す可能性のある機会を減らすこと、あるいは良心を育てる、相手の同意がなくそういう行為をしてはいけない、などというようなことを改めて整理するが、身体的な性衝動はどうしても本人でコントロールし難い部分がある。だから、『これから自分をもっと変えていきたい』『より適応的に社会復帰したい』と思う方には、一つの選択肢として薬による去勢があった方がメリットが大きいのではないか。当然、被害者が減ることにもつながっていく」

(『ABEMAヒルズ』より)

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