先月29日、社会学者の宮台真司さんが首などを切られ、全治1カ月の重傷を負った。襲われた場所は八王子市にある東京都立大学。犯人は現在も逃走している。
捜査関係者への取材によると、防犯カメラには帽子をかぶりマスク姿で逃げる男の姿が映っていたという。なぜ宮台氏が襲われたのかなど、事件の全容はまだ分かっていない。
誰でもオープンに入れる大学キャンパスで起こった事件。セキュリティはどのように確保していくべきなのか。ニュース番組「ABEMA Prime」では専門家と共に考えた。
宮台さんが襲われたのは大学構内の歩道上だった。駐車場に歩いて向かう途中を背後から狙われたことなどから、犯人は講義の予定を事前に把握していた可能性がある。
ネット掲示板『2ちゃんねる』創設者のひろゆき氏は「大学の問題ではないと思う。安倍元総理の銃撃事件のように、日本の場合、ガチで本気になった相手を防ぐ手段がない。『みんなそこまでしないよね』と思ってしまう文化だ。相手が銃を持っているかもしれないアメリカのような、警備態勢の文化まで持っていくのはかなり難しいと思う。大学だけセキュリティを上げても、今後も同じような事件が起きるだろう。無敵の人には通用しない」と指摘。
犯罪学の専門家である小宮信夫氏(立正大学教授)も「大学だけではなく、小中学校や病院、福祉施設でも、こういう犯罪が起きやすくなっている」と話す。
「日本では防犯カメラと呼ばれているが、実際は防犯カメラではない。海外では99%リアルタイムでモニタリングしている。日本の防犯カメラは99.9%、録画しかしていない。実際は『捜査カメラ』だ。リアルタイムでモニタリングしていれば『ヤバそうだな』と思ったら、すぐに駆けつけられる。それをやっていないから、日本で防げるわけがない」
小宮氏は「不審者という言葉が存在しているのは世界中で日本だけだ」といい、「犯罪機会論の考え方でいうと、あくまでも“場所”で守る。要素は2つだけで、犯人を入りにくくすることと、見えやすくすることだ。日本だけがこれを練っていない」と指摘。「海外は『なぜ襲われたのか?』といった原因論や動機よりも『具体的に犯行が起きにくい場所に変えていきましょう』という考え方だ。動機だってこれまで分かった試しがない。ただ『防げる確率を1%でも2%でも上げましょう』と地道な努力を一つひとつ積み重ねている」と述べた。
バルセロナオリンピック・柔道の銀メダリストで、研究者として脅迫された経験を持つ日本女子体育大学教授の溝口紀子氏は、どのように感じているのだろうか。
溝口氏は「柔道と暴力の問題などで、私がメディアに出るようになると、研究室の前で不審者がうろうろし始めた。何回か『溝口先生、今、怪しい人が来ている。不在にしますか?』と、周りの教員や事務局が気を遣ってくれた。実は、大学教員はオフィスアワーという、研究室にいる時間を学生にアナウンスしないといけない。しばらく、不審者が来なくなって油断していた時期に、卒論の関係で学生がどんどん研究室に来た。ノックの音がしたので開けたら、不審者が立っていた。向こうも本当に私がいると思っていなかったようだ。お互いにびっくりした」と当時を振り返る。
両者驚いた後、落ち着かせるために「中に入って、お茶を飲んでください」と声をかけた溝口氏。
「不審者はテレビで見たときと比べて“生溝口”があまりにも厳つい体だったのだと思う。耳がつぶれているおばちゃんなんていない。私もその瞬間に格闘家のスイッチが入った。『今日も学生を2秒で締め落とした』という感じで、こっちもやられるかもしれないと構えながら、雰囲気は血走っていた。不審者の膝がブルブル震えていた。『お前、ちょ、ちょ、調子に乗るなよ』と言われて、私も『言いたいことは主張する。あなたも言いたいことがあったら言ってください』と言ったら、もうその後は会話にならなかった」
「大学の研究室に来た不審者以外にも、2年間ずっと脅迫をされていた。私は一度も会ったことはないが、私の家族にも危害を及ぼすのではないかと思ったほどだ。弁護士に相談したが『そういう人には構うな。有名税だから、いちいち反論していたら余計に炎上する。とにかく放っておけ』と言われた。2年目になって、どんどんエスカレートしたので、警察に届け出を出した。それで警察がようやく動いてくれて、ピタッと止まった」
ジャーナリストの佐々木俊尚氏は「治安がどんどん悪くなっているかのような前提は違うと思う」と話す。
「例えば、2001年に大阪の池田小事件があった。子供が8人くらい殺されて、大変な事件だった。あの頃までは小学校も開かれた場所だった。地域の交流の場になろうと言って、学校の校庭を開放していた。でも、池田小事件によって全国的に小学校の校庭を閉鎖する流れになって、リスクを気にしすぎる方に傾いてしまった。校庭を閉鎖しても登下校の時に襲われる可能性もある。今回の宮台さんの事件も同じだ。大学の敷地内で襲われたから、こういう話になっているだけだ。敷地の外で襲われていてもおかしくない。昭和20年代、30年代と比べると、刑法犯、あるいは非常に悪質な殺人や強盗傷害のような事件は年々激減している。日本の現状は、非常に治安のいい国だといえる。1つの事件が起きるたびに大騒ぎして、『治安が悪くなっているからどんどん閉鎖しないといけない』という方向に行ってしまうのは、極めて危険な議論だ」
一方で、ひろゆき氏は「もう覚悟があって行く人にとってみたら、普通に『社会人講義で溝口さんの授業を受けに行く』と言えば大学に入れてしまう」と指摘。その上で「自分を強くして、相手を叩きのめすしか、守り方はないと思う。本当に覚悟を持ってしまった人を止める手段がないと、大学の先生は最後、溝口さんみたいな強い人しか残らないのでは」と述べた。
溝口氏自身は、大学のセキュリティについて、どのような体制が望ましいと思っているのか。
「防犯カメラも置かれているが、十分チェックしきれない。AIなどのシステムを導入するお金もない。最後は1対1だから、自分を鍛える以外だと、ヘルメットやさすまたを置くなどの対応になる。私が自分の経験から言えるのは、やっぱり1対1になったとき『何かあるかもしれない』という覚悟はできていた。なぜかというと、警備さんや守衛さん、事務局などから『溝口さんにはこういうストーカーみたいな人がいる』と、事前に情報の共有があったからだ。私が通っていた校舎ですごくいいなと思ったのは、守衛さんが1人ずつに『おはようございます。お疲れ様です。おかえりなさい』とすごく声掛け運動をする。アナログだが、それだけでも不審者が警戒心を持ったり、抑止力にもなったりすると思う」
大学構内で起こってしまった事件。どのように安全性を確保しながら大学として機能を果たしていくのか。課題は山積みだ。(「ABEMA Prime」より)
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