世界が大きく揺れた2022年。日本では、7月に安倍元総理銃撃事件が起こり、宗教と政治、2世の苦悩などさまざまな課題が明るみになった。中でも国民の分断を生んだのは、9月に執り行われた国葬の是非。
そのほか、防衛費や新型コロナの水際対策、憲法改正の是非、米軍基地問題、選択的夫婦別姓などさまざまな課題が浮き彫りになり、その度に賛否の分かれる議論が勃発。
しかし、Twitterには「攻撃的、高圧的な話し合いはしたくない」「多様性というが、それでは答えは出ない」「民主主義はどこまで少数意見を重んじればいいの?」「もう議論したってらちが明かない」との声も。
意見が違う人とどう議論すればいいのか。『ABEMA Prime 年越しSP』で、2ちゃんねるの創設者で“論破王”のひろゆき氏と元新潟県知事の立憲民主党・米山隆一衆議院議員が激論を交わした。
「相手を打ち負かさない議論」をするために考えられるのは、大声で怒鳴らない、高圧的な話し方をしない、個人・人格攻撃は禁止、相手をリスペクトする、相手を詰めない、揚げ足をとらない、勝手に結論を決めない、などの決め事。
ただ、相手の主張の根拠などを知るために質問も必要だ。場合によっては「詰める」ようにも見えてしまうが、ひろゆき氏は「メディアで嘘をついている人がいたとして、それがそのまま流れたら騙される被害者が生まれてしまう(から聞く)。友達と話している時だったら『そうなんだ、へえ』で終わりだ」と話す。
一方、米山議員は「打ち負かさないための議論なんて意味がない」と豪語する。「議論というのは、『私はバラが好きだ。あなたはキクが好きだ』『そうですね』では意味がない。『あの花壇には1種類しか花を植えられない。バラがいいか? キクがいいか?』という一定の結論を出すためにするものだ。国葬をする・しないという話も何らかのかたちで詰めないといけなくて、知らずに他の誰かを傷つけても絶対譲れない主張があるから議論をする。全く結論を出さないのであれば、そもそもしなくていいと思う」。
その上で、「『イエスか、ノーか』というのは落ち着いて聞けばいい。それを『本当か、嘘か』『今言え』と相手を驚かせて、単に自分が勝っているように見せる方法をひろゆきさんはひたすら使っている。議論をみんなが敬遠してしまっていて、僕の愛する議論道を汚している1人だと思う」と主張する。
プロデューサーで慶応義塾大学特任准教授の若新雄純氏は「ひろゆきさんの『論破力』という本で、議論を行うための前提をどうデザインするかを事細かく書いていた。秀逸だと思ったのは、その前提はジャッジが誰かということ。Twitter上や番組上の議論は審判や審査員がいるわけではなくて、みなオーディエンスだ。大勢が判断するということを、ひろゆきさんは上手に捉えている」と分析した。
そもそも、Twitter上のコミュニケーションを言論空間と思っているのか。ひろゆき氏は「Twitterはネット上で言葉を積み重ねるもの。ただ、『私はこう思う』という言い争いで、『あなたの言うとおりです。間違えてました』となることはほぼない。やるだけ時間の無駄だと思っている。それも含めてTwitterはエンターテインメントの娯楽サービスだ」と答える。
これに米山氏は「議論が無駄という話には反対だ。たしかに結論が出ないようなテーマもあれば、自分の主張が通るかわからない、相手が納得しているかどうかもわからない。でも、お互いにきちんと議論をして、“言うことは言った”“説得は試みた”と。それによって最後に決めるのが民主主義なので、議論が無駄ということはないと思う。それこそ今、議論することによって深まっている。それは否定したらいけないし、議論道はきちんと守ってほしい」と訴えた。
ひろゆき氏が「誤解されているかもしれないので補足すると、情報量が増える議論に関しては意味があると思っている。それ以外は時間の無駄だ」と付け加えると、米山氏は「国葬が道徳的かどうかなんて情報量は増えないし、それこそひろゆきさんに言わせたら“お気持ち議論”だ。どんな感情があるのかお互いに言い合って、最後に決めるのは総理大臣。議論が影響するかもしれないが、“人は議論によって変わるかもしれない”ということを否定してしまうのは、人間社会の否定だと思う」と主張した。(『ABEMA Prime』より)
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