東京に住む山崎さん親子。5歳の長女と4歳の次女と家族になるために利用したのが「特別養子縁組」。経済的事情などで実親が育てることのできない子どもを、養親となる親が、家族として迎え入れる制度のことだ。
「『今度生まれる赤ちゃんがいるんですけど、どうですか?』という話をいただいて、その場で『ぜひお願いします』と」(山崎さん)
山崎さんは約6年前、民間あっせん機関「ベビーライフ」を通じて娘と出会った。現在、幸せな日常を送っているが、ある問題が浮上。ベビーライフが突然廃業し、全く連絡を取れなくなってしまったのだ。「事業者が持っていた情報を子どもに伝えられるかということが一番心配。出自のところで困ってしまった」と不安を抱えている。
実親の情報や養子縁組に出された理由を知る手掛かりになる「出自」の記録。本来はあっせんした事業者が保管し、裁判所などでも一定期間、記録として残している。しかし、ベビーライフが手がけていた縁組については、管轄する東京都に資料の全てが引き渡されず、失われてしまったものもあるというのだ。また裁判所に関しても、「ここにある情報がすべてかというと、そんなことはない。産んでくれたお母さんが抱えていた事情などは詳細にはわからないし、どんな気持ちで預けたかは書いていない」という。
そんな中、山崎さんは引き渡しの際に、産みの親に会うことができた。「長女のお母さんに関してはもう号泣で、私たちが聞きたいこともコメントをもらえないような状態だった。断腸の思いで私たちに託してくださったのだなということは、子どもに伝えられる大事な情報だと思っている」。
■「子どもが事実を受け入れていく過程でのハードルになるのでは」養親の不安
同じくベビーライフから男児を迎え入れ、出自の記録が少ないことに不安を抱える養親の安達さん。情報を求めて、出産した病院からカルテを取り寄せたという。「報告書も比較的早めに取り寄せて、見せてもらった。生みの親の情報も載っているが、ほぼ知っている内容だった」と話す。
そもそも、どのような情報が保管されるものなのか。日本女子大学教授の林浩康氏は「特別養子縁組は家庭裁判所の審判によって成立するため、まず『審判書』(保管30年間)がある。その審判に向け、家庭裁判所の調査官が家庭訪問等をして調査する、“どのように育てているのか”などの記録が『調査報告書』(5年間)だ」と説明。
一見すると短そうな5年という保管期間について、「養子縁組が成立したら、養親はすぐ記録を取り寄せるということを知っておくべきだ。機関側もどのような情報が何年間保存されるのかを、きちんと伝える必要がある」とした上で、「民間機関だけに任せるのは限界があることが、今回の件で明らかになった。諸外国を見ると、そういう記録は公文書と捉えていて、然るべき権限のある当局が一元的に管理する。それぐらい重要だという認識に基づいて、永年保存するためにどういう仕組みが必要なのかということを国レベルで検討する必要がある」との見方を示した。
安達さんは「もう少し年を重ねていくと、病歴や家族の手術歴といったものを知りたいと思う時がくると思う。うちの場合は生みの親の情報が少なく、聞かれてもほとんど答えてあげられないので、子どもが事実を受け入れていく過程でのハードルになるのではないか」と不安を口にした。
■事業と役割のジレンマ「同じ事案は今後も生まれる可能性」
ベビーライフ廃業の背景として、林氏は「継続的な財源を考えた時、養親に頼っていることが非常に問題だ」と指摘。民間機関の事業の主な資金は、縁組が成立した際に、養親から支払われる手数料で、その額は約30~170万円とされている。一部の手数料は事前の研修会などで支払われるが、縁組が成立しないと大きな収入にはならない。
一方で担っている役割は縁組の成立だけではない。生みの親のケアは特に重要で、子どもを手放してもいいのかなど、無償の面談を通して実親と子どもがともに幸せになる形を探すことになる。そこにあるのは、事業と役割とのジレンマだ。
特別養子縁組の制度にも詳しいリディラバ代表の安部敏樹氏は「本来は児童相談所がやるべき業務の代行をしているとも言えるのに、要求は高くなる一方で、お金は出しませんという構造になっている。ベビーライフが廃業する前、2018年ごろからは“このままだとどこかの団体が飛ぶのではないか”と問題視されていた。ベビーライフはかなり手厚くやっていた方だが、それでも難しいぐらいに業界が厳しい。民間あっせん機関の肝は、マッチング前の相談のところで、若年妊娠で中絶手術もできないタイミングになっているけど自分では育てられない、という人たちの相談に乗るわけだ。相談が100件あったとして、特別養子縁組までいくのは5~10件だが、その手前の90件に向き合うのがとても重要だ。ここに予算が付いていなければ、“じゃあなんとかマッチングしたほうが良いじゃないか”となってしまう。国が自治体が運営に必要な最低限の資金を提供してこなかったという課題があり、ここを変えないと今後も同じ事案は生まれる可能性がある」と懸念を示す。
2018年に養子縁組あっせん法が施行され、民間あっせん機関は届け出制から許可制になった。都道府県知事が基準を満たす機関への許可・不許可を出すが、ベビーライフは廃業時「審査中」だった。
安部氏は「東京都が結論を出さずに審査中のままだった。正直な話、早めに踏み込んで不許可を出していれば、“いろいろ引継ぎをしなければならない”という話になり、情報も残っていた可能性が高いと思う」と指摘した。
林氏らの研究チームは、「『出自を知る権利』の国内法における明文化」「記録の取得・管理・アクセス支援に関連するガイドラインの策定・国レベルの中央機関の設置」「中央機関における記録の一元管理」「記録の管理に関する専門職の育成・配置」などを提言している。
「運営の不安定さはある程度わかっていること。国や自治体が単年度のプロジェクト、モデル事業的な補助はしているが、恒常性がない。今後はそういった事業から継続的な運営資金の補助へ、国と自治体が持っていくような検討がされていくのではないか」(林氏)
(『ABEMA Prime』より)
■Pick Up
・「ABEMA NEWSチャンネル」がアジアで評価された理由
・ネットニュース界で話題「ABEMA NEWSチャンネル」番組制作の裏側