今季よりアーセナルでプレーするジンチェンコは、アルテタ率いるチームに”違い”をもたらしている。このウクライナ代表DFから切っても切り離せない言葉が「偽サイドバック」だ。従来の常識では考えられなかった、左サイドバックの選手を中盤のポジションでプレーさせるこの戦術を解説する。
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サッカー界のトレンド「偽サイドバック」とは
「偽サイドバック」とは現マンチェスター・シティの監督であるグアルディオラがバイエルン時代に開発した戦術として知られる。当時の左サイドバック、ダヴィド・アラバを中央に絞って中盤の一角でプレーさせたことが始まりだ。
それまでの左サイドバックで最も重要視されていたことは、攻撃参加時はオーバーラップやクロスなどでサイドに厚みをもたらせ、守備時はその高い位置からフルスプリントで帰陣して最終ラインの一角で守備をすることだった。名将ペップは、左サイドバックに縦への攻撃参加ではなく、中盤の一角でビルドアップに関わらせるというこれまでの常識を覆す新戦術を開発したのだ。
「偽サイドバック」のメリット
1つめのメリットは中盤での数的優位を作りやすいことである。中盤でパス回しに参加する選手が増えれば、当然ながら数的優位の局面を作りやすくなる。数的優位の局面を作ることができれば、相手守備陣のマークのズレが生まれ、味方選手にフリーとなる選手が出てくる。この好循環で、よりチャンスが生まれやすくなるのだ。
また、チームに攻撃参加が得意なインサイドハーフがいる場合は、その選手が高い位置でプレーしやすくなるため、ファイナルサードでも数的優位の局面を作ることができる。アーセナルの場合はジャカが左インサイドハーフを務めており、ジンチェンコの加入により今季から攻撃参加でクオリティを発揮している。
2つめはウイングの選手を生かしやすくなることである。左サイドバックの選手が中央に絞れば、当然ながら相手チームの対峙した選手もその動きに合わせて内側に絞る。これによりセンターバックからウイングへのパスコースが空くのだ。
アーセナルの場合は左ウイングにマルティネッリというドリブルが得意なウイングがいる。彼にスムーズにボールが渡れば多くのチャンスが生まれ、高いポジションをとったジャカとの連係から相手守備陣を崩すことも多い。サイドで起点となることが得意なガブリエウ・ジェズスがいれば、さらに多くの決定機を作ることができる。
「偽サイドバック」のデメリット
ボール保持時に中央でプレーしているため、従来のサイドバックがいるはずのライン際(アウトサイドレーン)に選手はいない。そのためボールを失った直後に、この広大なスペースを使われてチャンスを作られることも少なくない。この被カウンター時の守備を強固にするためにはセンターバックのスライドが不可欠である。足が速く、スペース察知能力に優れたセンターバックがいれば広大なスペースに釣りだされても未然に防ぐことができる。
アーセナルの場合は、センターバックのガブリエウが相手の左ウイングと対峙して、ジンチェンコが中央のスペースを埋めて守備をするケースが多い。このように両者がボールを奪われた直後にどのような対応をするべきかを把握しておけば、そこまで大きな穴とはならない。
出場機会を得るためなら「どこでもプレーする」と直訴したジンチェンコ
今でこそ左サイドバックでの起用がほとんどとなったジンチェンコだが、代表ではインサイドハーフでプレーするなど、元々は10番タイプのトップ下の選手だった。それがシティで出場機会を得るために指揮官ペップに「どこでもプレーする」と直訴して左サイドバックへと転身し、今に至る。
だからこそジンチェンコは「偽サイドバック」に欠かせない中盤の選手と遜色のない高い技術を兼ね備えているのだ。このウクライナ代表DFは上手い選手が揃うアーセナルでも随一のテクニシャンで知られる。マンチェスター・シティ時代にはカイル・ウォーカーが「チームメイトで最も上手い3選手は?」という質問に対して、グリーリッシュらを抑えてジンチェンコの名前を挙げていた。今季、左サイドバックで出場した冨安健洋とティアニーも同様に「偽サイドバック」の動きを求められているが、それぞれの得意不得意があるため、ジンチェンコと比較するとどうしても見劣りしてしまう。
およそ一週間前のエヴァートン戦で中盤の位置から縦パスを当ててサカのゴールをアシストした場面は、ジンチェンコの真骨頂とも言えるようなプレーだった。このプレーを見たアルテタ監督は「だから彼を連れてきたんだ。彼はチームに何か違うものをもたらしてくれる」と高評価。マンチェスター・シティ時代に何度もタイトルを獲得し、引いた相手でも何度も崩してきた経験のある「メンタリティ」と「クオリティ」を兼ね備えている選手が、アーセナルにいることは、間違いなく若いチームに大きなプラスをもたらしている。
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