重岡優大と銀次朗の兄弟がそろって世界ミニマム級暫定王座を獲得した16日、代々木第二体育館の「3150FIGHT vol.5」で、世界タイトルマッチに負けず劣らずファンを楽しませたボクサーがいた。一力ジムに所属する中川麦茶だ。
いまどき珍しい貴重なキャラクターである。中川は今年1月6日に「3150FIGHT」に初参戦。先立つ12月に開かれたイベント発表会見では、対戦相手の山下賢哉(JB SPORTS)とのフェイスオフで額をぶつけ、山下が首投げで中川を床にたたきつける乱闘を引き起こして話題を呼んだ。
今回も試合前日の記者会見でマイクを握ると、「全力を尽くします」というありきたりな発言とは対照的に、自分の言葉で対戦相手のロビン・ラングレス(フィリピン)をきっちり挑発した。
「ロビンくんとは5年前にマニラでスパーリングをして普通にやられた。オレとしてはそのときの借りを返そうと思う。必ず5ラウンド以内でお前をマットに沈める」。
さらにはこう続けた。
「次は(那須川)天心選手とやりたいと思っている。あの年齢であれだけのファンがいて、あれだけのものを背負って、すごく尊敬している。彼も僕とやったらどの程度の実力か分かると思う」
傍若無人と言うなかれ。抜群の知名度を誇るキックボクシングの“神童”那須川は8日のボクシング・デビューとなったスーパー・バンタム級6回戦で、日本バンタム級2位の与那覇勇気(真正)をまったく寄せ付けずに判定勝ちを収めた。中川は現在、日本スーパー・バンタム級の3位につける。対戦相手に選ばれるかどうかは別にして、対戦要求を口にできるポジションにいるのは間違いない。
16日の試合でも中川はしっかり実力を披露した。パワーパンチをブンブンと振ってくるラングレスに対し、このクラスで175センチと長身の中川はポジションを巧みにサイドにずらしながらラングレスの強打を空転させ、攻めては鋭い左ジャブとよく伸びる右ストレートを突き刺していく。会見での立ち居振る舞いとは違い、中川のボクシングはどこまでもスマートだ。
初回に右を打ち下ろしてダウンを奪うと、その後も試合を優位に進め続け、左ボディで2度のダウンを追加してTKO勝ち。フィニッシュが会見で口にした通りの5ラウンドだったのは見事だった。
試合が終われば“麦茶劇場”の始まりだ。リングアナウンサーからマイクを受け取ると、「この髪色、わかります? あの国の髪色です。今まだなお、あの国とあの国が争っています」と青と黄のウクライナ・カラーで染めた髪の毛を指さして、ロシアとの戦争で苦しんでいる人たちについて説明。「戦争はリングの中だけでいい。この世の中、戦争なんてする必要はない」と戦争反対をアピールした。
世界平和を訴えたあとは「4月16日は僕の嫁、華ちゃんの誕生日です!」と一気に話題転換。「ハッピー・バースデイ・トゥー・ユー」を歌いながら華さんと子ども2人をリングに上げた。マイクを持った華さんは「いつもふざけているだんなですが、ボクシングだけは真面目にやってるのでよろしくお願いします」と頭を下げ、観客から温かい拍手を浴びる。長すぎず、短すぎず、夫婦間のコンビネーションも絶妙で、見ている者をほのぼのとさせる麦茶劇場だった。
もともと長身でスピードがあり、才能を感じさせるボクサーだった。ところが17年に日本タイトル挑戦者決定戦に敗れ、19年の日本タイトル初挑戦に失敗するなど、ここ一番で勝ちきれなかった。3年のブランクを作って22年に復帰したものの連敗。ところが同年10月に長年このクラスを牽引してきた元東洋太平洋、日本王者の和氣慎吾(FLARE山上)を下して一気に息を吹き返し、前回の山下戦、今回のラングレス戦と目を見張るパフォーマンスを見せている。
その理由を本人に問うと「華ちゃんのおかげです!」と即答した。結婚と離婚を経験し、シングルファーザー・ボクサーとしてリングに上がっていた時期もある中川はブランクの期間に華さんと再婚した。技術や体力の向上は当然あったにせよ、愛する家族の存在は何よりのパワーということだろう。
本人が「アンチもいるので」と認めるように、型破りなパフォーマンスや立ち居振る舞いは時として周囲を困惑させるかもしれないが、遠征先で目にしたフィリピンの貧しい子どもたちをサポートするボランティア活動をするなど純粋な心を持つのが中川だ。私生活もボクシングも充実してきた34歳は今が旬。見る者に損をさせない中川の今後に期待が集まる。
写真/橋詰大地