今月14日、岐阜県の陸上自衛隊・日野基本射撃場で訓練中だった18歳の自衛官候補生が隊員3人に発砲し、死傷させたとして逮捕された事件。社会に衝撃が広がる中、6月29日号の『週刊新潮』が自衛官候補生の実名と家族構成、家庭環境などを詳細に報じた。これに対し、日弁連の小林元治会長が「違法で到底許容できない」と抗議する声明を発表するなど、議論になっている。
去年4月に改正少年法が施行され、18歳と19歳については「特定少年」にあたり、重大な事件で起訴された場合は実名報道が可能となった。しかし、今回の実名報道は起訴前であり、改正少年法の規定には当たらない。
少年犯罪で優先されるべきは加害者の更生なのか、それとも知る権利なのか。『ABEMA Prime』でその是非を議論した。
■『週刊新潮』編集部の見解は「理由にはならない」
杏林大学准教授の大西健司氏は「今回の報道は少年法61条が禁止する『推知報道』に該当するのは明らかだ。これまで特に重大な少年犯罪が起きる度に議論が行われ、起訴後の特定少年に限定するという条件の下、ある意味で推知報道を望む報道機関側の要請に応えるかたちで今般の少年法の改正がなされた経緯がある。それにあえて反して報道に踏み切ったことは残念に思う」とコメント。
今回の報道について、『週刊新潮』編集部は次のような見解を示している。
『本件ではなんの落ち度もない自衛官2人が射殺され、1人が瀕死の重傷を負いました。被疑者は取り押さえられた後も抵抗を続け、銃を乱射しており、無差別大量殺人の惨事になる恐れもあり、社会に与えた衝撃は凄まじいというほかありまえん。犯行態様は極めて冷酷、残酷で、被害者の無念や遺族の悲憤の思いは察するに余りあります。また今般の事件により、銃を持てる自衛隊という組織にこのような危険な人物が容易に入り込めてしまう現実も浮き彫りにされました。社会にとって大きな脅威であり、自衛隊への国民の信任をも揺るがしかねない問題事案と言えます。犯行の残忍性、結果の重大性に鑑み、被疑者が18歳の少年といえども、実名・顔写真含め、その実像に迫り、事件に至るまでの背景を探る報道を行うことが、常識的に妥当であると判断しました』
これに大西氏は「残忍性や重大性で推知報道の禁止が免れるかというと、法律にそうした規定はなく、当然理由にはならない。“罪を犯しても少年法で守られていて処分が甘い。それに代わる制裁を実名報道によって与えるべきだ”という一つの考え方はあるわけだが、他方でそもそも少年事件の報道がどのような意味を持つのか。情報に接した市民が背景や要因、同じような犯罪を再び起こさないためにどうするかを考えたり、世論形成につながっていくところに意味があると考えれば、実名報道の是非につながってくると思う」との見方を示した。
ジャーナリストの堀潤氏は「新潮社はかつて、『新潮45』が実名報道に踏み切って訴訟になった。一審では少年側の主張が認められたが、高裁などでは権利侵害にあたらないという判決が出たりもしている。その頃に比べると、実名報道を“しょうがない”と社会が許容する範囲は広がったのではないか」と指摘。
一方で、「新潮社がすべて実名報道をしているわけではなく、事件によって変えているというスタンス。そこを僕らは掘っていくべきだ。公益性を今まで判断してこなかったし、ただ流されていた。“社会にとってどういう事件なのか”を共有するところまでセットでやって初めて、実名の是非の価値が現れると思う」とした。
テレビ朝日の平石直之アナウンサーは、「報道機関は“ルールがこうだから”に準じるのではなく、匿名か実名かをその都度考えて判断している。もともと名前が知られている人などいろいろあって、ケースバイケースだ。さらに、被害者の名前を出すのが当たり前なのか、という視点もあると思う。被害者のご家族が『嫌だ』と言ったら出さないということも、その都度判断する。そういうふうにバランスをとる中で、名前が出ない報道ばかりにならないか、事件に対して思い入れができないとなった場合、“思い入れするためにやっているのか”というのは当事者には関係ないことかもしれない。このあたりまで踏み込んで考えないといけない」と述べた。
■夏野剛氏「今の法律も時代に合ってないのでは? という問題提起に」
近畿大学情報学研究所所長の夏野剛氏は「今回の週刊新潮の実名報道は結果として、今の法律そのものも時代に合ってないのではないか? という問題提起をしていると思う」と投げかける。
「今までの犯罪は社会的な環境での抑うつなどの理由があって、“社会を変えていかなくてはいけない”と掘っていくべきものがあった。しかし、最近はいわゆる“無敵の人”系の犯罪、つまり相手は誰でもいいと。本件がどうかはまだわからないが、“特定少年だから軽くなる”という理由だったのだとしたら、実名報道あるいは少年法の精神というものは時代に合ってないということになると思う」
堀氏は「アメリカでもテロ対策は分析ができるものの、前後の文脈のわからない事件に一番困っている。その中で編み出しているのがソリューションジャーナリズムという、事件を起こさないためにはどういう処方箋があるのかまでをセットで考えること。ある程度余白を作って、“この報道は良いのか・悪いのか”まで含めてやるというふうに切り替えていく必要があると思う。少年たち、犯罪をした人たちが復帰しやすい社会を作らなくてはいけないということも、最近論としてようやく立つようになってきた。その両輪が作れるのであれば、事件を報道されたけど復帰できるという社会を目指すべきだと思う」との考えを述べる。
かつて日本で起きた神戸児童連続殺傷事件の「少年A」については、政府が別の名前を用意してその後の人生を送りだした。イギリスでも同じようなケースがある。
大西氏は「名前を変えることで悪影響を緩和できるかというのは非常に難しい問題だが、それによって社会復帰を容認する面はあるかもしれない。そこで注意しないといけないのは、少年Aの事件もジェームズ・バルガーの事件も、いずれも名前を変えるという対応をとったのは成人した後になること。これらのケースでは成人後の社会復帰を助けたと思うが、ここで考えないといけないのは、現時点で少年である被疑者、被告人の保護者の保護をどう考えるか。少年法の基本的な理念になっている可塑性を重視するのであれば、大人になってから名前を変えればいいという話ではなく、少年である現時点において匿名性をどう守っていくか。そうしなければその後の更生が阻害されてしまうので、慎重に見極めていく必要がある」とした。(『ABEMA Prime』より)
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