ど真ん中の5筋から相手の陣形を打ち破る。そんな「戸辺攻め」が火を噴きまくった。将棋界の早指し団体戦「ABEMAトーナメント2023」本戦トーナメント2回戦・第1試合、チーム羽生とチーム天彦の対戦が8月12日に放送された。スコア5-2でチーム天彦が勝利し、ベスト4入り一番乗りを果たしたが、チーム勝利の立役者になったのが個人3連勝を成し遂げた戸辺誠七段(37)だ。振り飛車から攻めに攻めまくる通称「戸辺攻め」が、チーム羽生の後輩たち相手に炸裂。自分でも「出来過ぎ」と振り返る、抜群の内容だった。
スマートな指し回しではなく、ゴツンと駒をぶつけるような攻め。振り飛車には「捌き」という言葉がよく使われる中、「戸辺攻め」は少々の無理を承知で、相手陣にどんどんと襲いかかる。非常に短い時間で決断が迫られるフィッシャールールの、特に終盤においては、この連続攻撃のプレッシャーを冷静にはねのけるのは用意ではない。
戸辺七段の快進撃は第1局から始まった。相手は最高峰タイトル・竜王への挑戦の期待も膨らむ伊藤匠六段(20)。若き才能と瞬発力で、同大会でも活躍してきた相手に対して、圧勝したから驚きだ。伊藤六段が居飛車、戸辺七段が中飛車の対抗形で始まったが、中盤にかけて戸辺七段の猛攻がスタート。解説を務めた先崎学九段(53)も「さすがにこんな無理攻めは無理だろうというのが、ああだこうだと食いついてきて、気がつくと自分の玉の横の金がなくなっていたりする」と体験談を交えて表現した。すると、言葉通りに戸辺七段が対局後「全力のパンチがクリーンヒットした」と語るほどの会心譜。88手で勝利を手にした。
いきなりの快勝に、勢いも弾みもつきまくった。次の出番は第4局。先後を入れ替えて、伊藤六段と再戦になった。戦型は、またも戸辺七段が中飛車、伊藤六段が居飛車の対抗形。序盤から猛スピードで指し手が進んだが、ここでも中央突破を狙った戸辺攻めがドンと入った。最終盤は千日手模様になったところ、伊藤六段が強引に打開したところを見逃さずに、激戦の中でも優勢を守ってフィニッシュ。見事な2連勝を飾った。
こうなったら、もう止まらない。スコア4-2とチーム勝利に王手がかかる局面で、第7局で登場した戸辺七段は、梶浦宏孝七段(28)と対戦した。後手番から角交換型の振り飛車(四間飛車)を採用すると、じっと耐える序盤から、中盤に△5五歩と突く一手。これに先崎九段は「いい手だな。本当にいい手だな」と絶賛した。その後、相手のリーダー羽生善治九段(52)も「いやいやいや、嫌な形になってるなー」と心配すると、これが的中。詰まり気味だった駒が全て躍動するような展開に持ち込むと、126手で勝利し、個人3連勝を果たした。怒涛の連勝劇に先崎九段は「先手がもたついた瞬間の戸辺先生が素晴らしかった。△5五歩は本当に素晴らしい。冴えてました」と、またも大絶賛だった。
この試合文句なしのMVPという活躍について、戸辺七段本人は「いやー、出来すぎですね。自分でもびっくりしています。ちょっとうれしくて泣きそう」と、高まった思いを笑顔と言葉で表現。数々の棋戦で活躍する後輩2人から3連勝し、チームの勝利に貢献できたことが、心底うれしかったようだ。次は準決勝。勝てばチーム全体が勢いに乗る「戸辺攻め」の使いどころが、今大会の大きな注目ポイントになってきた。
◆ABEMAトーナメント2023 第1、2回が個人戦、第3回から団体戦になり、今回が6回目の開催。ドラフト会議にリーダー棋士14人が参加し、2人ずつを指名、3人1組のチームを作る。残り1チームは指名漏れした棋士が3つに分かれたトーナメントを実施し、勝ち抜いた3人が「エントリーチーム」として参加、全15チームで行われる。予選リーグは3チームずつ5リーグに分かれ、上位2チームが本戦トーナメントに進出する。試合は全て5本先取の9本勝負で行われ、対局は持ち時間5分、1手指すごとに5秒加算のフィッシャールールで行われる。優勝賞金は1000万円。
(ABEMA/将棋チャンネルより)