来年のアメリカ大統領選への出馬を表明し、共和党の指名候補争いでトランプ前大統領のライバルとして注目されているフロリダ州のロン・デサンティス知事が、奴隷制度に「良い面があった」と教える学習指導要領を採用し、論争が巻き起こっている。
背景を読み解くキーワードは「批判的人種理論」。上智大学教授で現代アメリカ政治外交が専門の前嶋和弘氏に聞いた。
問題になっているのは、7月にフロリダ州の教育員会が承認した中学生向けの「学習指導要領」。歴史教育において、奴隷が行った農作業・鍛冶などの仕事を調べ「奴隷が、個人的な利益に応用できる技術を身に付ける一面もあった」と教えるよう指示している。
カマラ・ハリス副大統領は「不必要な議論で国を分裂させようとしている」「奴隷制度に救いはなかった」などと厳しく批判。一方、ワシントン・ポストなどによると、デサンティス知事はこの学習指導要領について「教育省は良い仕事をした」と評価したという。
フロリダ州ではそのほかにも、人種差別などについての教育を制限する法律を次々に承認している。「人種差別を強調しすぎた授業で白人の子どもたちが罪悪感を抱いている」という保守派の声を受けたものだ。デサンティス知事の発言について、前嶋教授は次のように述べる。
「20年ほど前なら『こんなバカなことを言うんじゃない』と一笑に付される話だったと思うが、そうではない時代になってしまった」
続いて、キーワード「批判的人種理論」から、今回の事象を分析した。
「批判的人種理論」とは、学術的な世界で使われていた言葉で、人種差別が個人の意識だけではなく、社会や法制度の中に組み込まれている、という考え方を示している。
「この言葉は、“物事の見方を変えてみましょう”というもの。例えば、独立宣言で有名な言葉に『すべての人は生まれながらに平等』とあるが、これを書いたトマス・ジェファーソンは奴隷を持っていた。つまり『すべての人』に黒人奴隷は入っていなかったと。法律や社会制度を人種の観点から見ると、全く違うものが見えてくる。“白人が作り上げた制度であれば、意識しなくても白人有利に作っている”と、批判的に見てみようという考え方だ」
ところが、この考え方を知ったトランプ大統領は猛反対し、保守派は「批判的人種理論“潰し”」を展開。批判的人種理論は「社会に問題がある」とする考え方であるが、その社会を中心となって作ってきたのは白人。つまり、白人への批判、と捉えられるという。
「保守派にとっては“偏った意見だ”“俺たちを悪者にするのか”ということになる。『白人差別だ、とんでもない』などと言えばウケる層がいて、これが今のアメリカの分断の成れの果てだと言ってもいいだろう」
デサンティス知事の過激な発言や政策の背景には、共和党内での大統領選候補者争いがあるという。支持率はトランプ前大統領53.9%、デサンティス知事が15.9%(出典:リアルクリアポリティクス、8月9日時点)と、差を開けられている。
「この差をなんとかしたいデサンティス知事が“PRになるような発言”をしているということだ。そもそも大統領選挙の予備選は10~35%ほどの投票率しかない。つまり、とても熱心な人しか行かないので、トランプ氏よりも過激でわかりやすいメッセージを出そうとしているのだろう。」
一方で、奴隷制の歴史を見直す動きも進んでいる。複数の名門大学で、自らの大学と奴隷制との関わりが調査・公表されているほか、奴隷の子孫への補償を検討している地域も出てきている。
「第2次世界大戦以降は、人種差別などを解消しなければならない、という反省の方向に進んできた。しかし反作用というのか、『奴隷制度には良いこともあったんだ』と思っているような人もいる。人口的には少ないけれども、南部・中西部の州ごとに見れば多数派かもしれない。この2つの動きがちょうど合わさっている状態だ」
(『ABEMAヒルズ』より)
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