長い酷暑の季節が過ぎ、暦の帳尻を合わせるような猛スピードで秋が訪れた。実りの季節に、藤井聡太竜王・名人(王位、叡王、王座、棋王、王将、棋聖、21)もまた大きな戦果を獲得。10月11日に行われた第71期王座戦五番勝負第4局で永瀬拓矢前王座(31)に勝利し、シリーズ3勝1敗で王座奪取した。さらには八冠達成と将棋界初の快挙を成し遂げ、誰も手にしたことのない収穫に「2日ほど経って実感や達成感が出ました。重みも改めて感じているところです」と語り、表情を緩めた。
藤井竜王・名人がタイトル戦に初登場したのは2020年6月。感染症の流行で国内はもちろん、世界中が大混乱の中だった。誰もが明日の生活もわからない中、藤井竜王・名人は対戦棋士とともに番勝負の大舞台へ。並み居るトップ棋士たちに果敢に挑み、タイトルを獲得していく若武者の姿に勇気づけられたファンも多かった。
その足跡には、必ずと言っていいほどに最年少記録が付随。やや過剰とも言える期待を背負いながらも、藤井竜王・名人は決して自分を見失うことがなかった。「タイトル戦では自分の実力以上の結果が出ているのが正直なところ」と語った通り、相対する棋士たちへの深い尊敬の念が藤井竜王・名人を強く鍛え上げる要因となったことは間違いない。
これまでに藤井竜王・名人がタイトル戦で対局した棋士は羽生善治九段、渡辺明九段、豊島将之九段、永瀬拓矢九段、木村一基九段、広瀬章人八段、菅井竜也八段、佐々木大地七段、出口若武六段の9人。時代を背負うトップランナーはもちろん、戦型・戦法の各スペシャリストたちが己の牙を磨き上げて藤井竜王・名人の独走を止めるべく盤の前へと着いた。
11日に決着した第71期王座戦五番勝負第4局の終局後にも、「スコアが全く逆だったとしても全くおかしくなかった」と苦しいシリーズだったことを強調した藤井竜王・名人。黒星を喫することがあっても、対戦するものの得意分野を吸収分解してひたすら貪欲に自らの養分へ。過去の対戦相手の誰が欠けていても、この結果はなかったのだろう。記録や名声ではない、「もっと実力を」という強い欲求こそが、藤井竜王・名人を突き動かす原動力となっている。
八冠達成の瞬間、投了を告げた永瀬前王座に対し、藤井竜王・名人は深い礼とともに「ありがとうございました」と告げた。デビュー直後に研究パートナーの誘いを受け、多くの時間を共有し全幅の信頼を寄せる先輩棋士を“超えた”刹那。前人未踏の大偉業を結実してもなお盤に額が触れるほどの礼は、残酷なほどに美しい将棋の風儀として見るものの心にその様が焼き付けていた。
21歳2カ月、若き八冠王に休息の間はない。すでに開幕している竜王戦七番勝負では、3連覇を目指して同学年の伊藤匠七段の挑戦を受けている。実を結んでなお、飽くなき向上心を持って新たな一手と「面白い将棋」を追い求める藤井竜王・名人の姿と言葉は、未来の棋士たちにも届くだろう。「子どもたちにも好きなこと、夢中になれることを見つけてくれればなと思いますし、それが将棋だったら自分としてはとても嬉しく思います」。1996年に全七冠制覇を達成した羽生九段に憧れた子どもたちがその背中を追ったように、八冠王が切り拓いた未来ではどのような新芽が出ずるのか。新世界の到来に心躍らずにはいられない。
(ABEMA/将棋チャンネルより)