23日、老衰のため95歳で亡くなった池田大作名誉会長の創価学会葬が執り行われ、多くの関係者が参列した。一連の動きのなかで岸田内閣総理大臣が弔意表明と弔問を行い、政教分離が再び議論になっている。
「池田大作氏のご逝去の報に接し、深い悲しみにたえません。池田氏は、国内外で平和、文化、教育の推進などに尽力し、重要な役割を果たされ、歴史に大きな足跡を残されました」(岸田総理のXから)
追悼文の最後には「内閣総理大臣 岸田文雄」と記名し、翌19日には、「自民党総裁」として、創価学会の本部を弔問に訪れた。これに対し、政教分離の原則に反するのではないかと批判の声が殺到。松野官房長官は「公明党の創立者である池田大作氏に対して、個人としての哀悼の意を表するため、弔意を示したものと承知をしている」(総理官邸・20日)と述べた。
SNSでも「内閣総理大臣の記名はだめでしょう」「弔問は選挙のため?政権に公明党がいること自体が疑問」「これがダメなら伊勢神宮参拝も亡くなったローマ法王への弔意もNGでは?」などの声が上がり、議論になっている。
果たして、岸田総理の弔意と弔問は憲法の政教分離に反するものなのか。23日の『ABEMA Prime』では、宗教学や宗教社会学の専門家を招き、政治と宗教の距離感について考えた。
弔意は憲法違反に該当しない“社会的な儀礼”
政教分離について、憲法20条には、信教の自由とともに、「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、または政治上の権力を行使してはならない。国及びその機関は、宗教教育、その他いかなる宗教的活動もしてはならない」などと定められている。
この前提を踏まえ、作家・宗教学者の島田裕巳氏は岸田総理の弔問を、「憲法は宗教団体に特権を与えないことを規定している。宗教団体は政治上の権力を行使してはならないということだ。今回のケースは、その範囲には入らない“社会的な儀礼”と考えていいだろう。最高裁もこれは憲法に違反しないと言っている。弔意だからセーフという感じはある」と述べた。
政治と宗教の関連では、歴代総理の靖国神社参拝が問題視されたケースもあったが、島田氏は「問題は2点ある。1つ目は公金を支出するかどうか。中曽根康弘元総理は公式参拝と称して公金を支出した。これは憲法違反の疑いが濃厚になる。小泉純一郎元総理も参拝を繰り返したが、当時の裁判では、靖国神社の宗教活動を総理の立場で支援しているということで違反との判決が下った。この2点では憲法違反になってくる」と指摘。
そのうえで「裁判所の判断は目的効果論だ。例えば政治家の行為が、ある宗教団体の利益になり、布教や宣伝活動に資する場合はダメという原則だ。非常に曖昧な部分であることは確かだが、人間が亡くなったことに対して意思を表明する“弔意”まで政教分離の議論になるのか」と述べ、総理が弔意を示したことは問題ないとの見方を示した。
一方で「こうしたケースが今までになく、岸田総理が最近、手のひら返しのように態度を変えてしまうことが不信感を助長している。最初から内閣総理大臣と記名せず、自民党総裁と名乗っていれば問題にならなかったのではないか」とも指摘した。
創価学会票への意識が「見え見え」と批判も
今回、岸田総理は総理大臣として哀悼の意を表した。これは宗教的活動に含まれないのか。
島田氏は「岸田総理の支持基盤が弱くなっているなかで、創価学会の票を意識して発言し、行動しているのが見え見えという部分はある。総選挙で大きな意味を持つ大票田を手放したくない意思が先走っている。他のことに対する配慮はないことが見えてしまった」と述べた。
公明党は創価学会が支持母体となっているが、池田氏は両者の関係について、「創価学会と公明党の関係は制度の上で、明確に分離していく」(東京・日大講堂 1970年)と述べており、公明党のホームページによると、あくまでも支持団体と支持を受ける政党という関係であり、憲法違反にはあたらないとの姿勢を示してきた。
今回の公明党と総理の対応を比較して島田氏は「公明党の山口那津男代表は今中国にいて学会葬には出ていない。創価学会が支持母体であることを公言しているなかで学会葬に出ないのは、政教分離を相当気にしているから。ところが岸田総理は、あまり気にしていない。対照的だ。総理の行動は、こうした前提を破壊するようなものだから、学会・公明党にとっても迷惑なのではないか」と分析する。
弔意が不適切との見方も 難しい政教分離の線引き
一方で総理の弔意は不適切だと考える専門家もいる。
宗教社会学が専門で社会学者の橋爪大三郎氏は「政教分離の一番大事なところは、国や国の職員は特定の宗教に関与をしてはならないことだ。岸田総理はまず総理と名乗ってはいけない。それから勤務時間内に弔問をしてはいけない。個人として弔意があるなら誤解のない形でやらなければならない。政治家として弔問するのであれば、行き先は公明党であって、創価学会に弔意を示す必要はない」との見方を示した。
これまでの国会答弁や最高裁での判決(【図】政治家・政党と信教の自由を参照)を見ると、1946年の金森国務大臣の発言を筆頭に、宗教関係者が政治に参加することを禁止するものではないという憲法解釈がなされてきた。
しかし、橋爪氏は「今回の件で岸田総理は政治的効果を狙っている。総理として創価学会に配慮することが選挙や政権運営にプラスになると考えているから、個人として見えない方がいいと考えている。これが憲法の禁じている行為に似てきてしまう。憲法よりも政治的効果を優先している点で、大変問題があると思う」と述べた。
また、政教分離について「日本やアメリカ、多くの国の憲法で政教分離が書いてあるのは近代国家の根本だからだ。この原則がなかった時代に多くの人が血を流し、殺され、差別され、大変な目に遭った。そういうことが起きないように近代国家の大原則として、政府は宗教活動から距離を置き、政府職員はそれに間違えられるような行動をしないようにしようとなっている」と指摘。
さらに「人々の利益はさまざまなグループ間で相反している。それぞれの利益団体が自分の利益を政治に反映させたいと思うのは当たり前だ。それを憲法は禁じていない。だが、信仰は利益ではなく、人々の内心と良心に関わることで、国や第三者に踏みにじられてはいけない。それを守るため、国は特定の宗教を応援しない、レフェリーの立場だ」と述べた。
一方、島田氏は「政教分離はどの国でも規定されているわけではなく、イスラム国家などは政教一体だから、国によって政教分離の在り方は違う。そこを含めて議論して考えないとこうした問題の答えは出ない」と述べた。
(『ABEMA Prime』より)
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