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【映像】映画『オッペンハイマー』の一部カット
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 アメリカ映画界最高の栄誉とされる「アカデミー賞」。ひと際注目を集めたのが、最多13部門にノミネートされ、作品賞や監督賞など7部門を受賞した『オッペンハイマー』だ。第2次世界大戦下を生きた理論物理学者の栄光と没落の生涯を描いた作品で、去年7月に全米で公開されて以降、世界的大ヒットとなった。

【映像】映画『オッペンハイマー』の一部カット

 しかし、日本では物議も醸している。オッペンハイマーは“原爆の父”と呼ばれる、世界で初めて原子爆弾の開発に成功した学者だからだ。映画では広島、長崎への原爆投下の惨状は描かれておらず、Xには「日本人としては複雑な気持ち」という声もあがる。

 そもそもオッペンハイマーとはどんな人物だったのか。『ABEMA Prime』で“後継者”の物理学者に話を聞いた。

■「原爆を礼賛する映画ではない」「賛否があるから蓋をするのは違う」

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 カリフォルニア大学バークレー校教授の野村泰紀氏は、オッペンハイマーが設立したバークレー理論物理学センター長を務めている。「物理学は実験と理論に分かれているが、僕は理論のほう。素粒子物理学や宇宙論など、理論を使って自然界の成り立ちを調べている」と自身の領域について説明。

 野村氏は『オッペンハイマー』を視聴、映画公開イベントにも出演しており、感想を次のように語る。「クリストファー・ノーラン監督の時系列をいじる特色がすごく出ている。これは物理学ではなく、当時のアメリカがなぜ原爆開発に突き進み、彼がどう苦悩したのか、そしてその後政治的に迫害されるという、政治や人間を描いたストーリー。原爆を礼賛している映画ではない」。

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 また、自身が同じ立場なら開発したかという問いには、「あの時代を生きていないとわからない」と回答。「アインシュタインが“原子力爆弾を私たちが先に作るべきだ”という手紙を米大統領に向けて書いている。“ドイツが先に作るかも”という緊張感がある一方で、実験で何が起こるかわからない恐怖感。“これができたら世界はどうなるだろう”と考えたかもしれないが、完全な執念だ。大量のお金と人を投入してあの密度で仕事をするのは、サイエンティストとしては高揚していたのだと思う。でなければあんなものは作れない」と述べる。

 その上で、映画をめぐる批判については、「アメリカがどういう考えだったのかをポジティブに受け止める必要はない。賛否があるから蓋をするのは違うと思う」とした。

■オッペンハイマーはジョブズやマスクのような“カリスマ”だった?

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 野村氏は、オッペンハイマーはアインシュタインのような超一流ではないとするものの、現代のスティーブ・ジョブズやイーロン・マスクのような「カリスマ性」、統率したり資金を集めたりする「オーガナイズ能力」、実現困難なものを形にする「実行力」を評価しているという。

「一流の物理学者であることは確かだが、エルヴィン・シュレーディンガーやヴェルナー・ハイゼンベルク、ニールス・ボーアなど、ヨーロッパに綺羅星のごとくいた人たちに続く感じではない。ただ、科学への貢献の仕方はいろいろあって、彼は周りを巻き込んでチームを作り、どこにでも行って完成までもっていくような人。そういうカリスマ性がはっきり映画からは出ているし、伝記なんかを読んでも書かれている」

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 アメリカでのイメージについて、パックンは「野村先生のお話しどおり、頼まれたすごい仕事を成し遂げた人。知名度はあるが、下の名前はアメリカ人の8割ぐらいが答えられないだろう。原爆を作った後、水素爆弾の開発に反対したために政府からは干された。それで下げられた評判はまだ戻っていないと思う」と述べる。

 野村氏は「オッペンハイマーはセキュリティ・クリアランスが剥奪され、機密情報にアクセスできなくなった。しかし今世紀に入って、“あれは間違いだった”とエネルギー庁長官が言っている。カリスマ性のある人はいろんな毀誉褒貶、いきさつがある」とした。

■当時は原爆、今は量子コンピュータが開発の対象に?

 原爆開発に巨額の資金を投じて最初に覇権を取ろうとしていたように、現代は「量子コンピュータ」開発がその対象となっているという。今のPCの約1億倍の高速処理が可能とされる次世代のコンピュータで、新薬開発のスピードアップや、暗号解読の即時化につながるという。アメリカ、中国、ドイツ、フランスなどで1000億円以上のプロジェクトも始まっている。

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 野村氏は「開発にものすごくしのぎを削っている。爆発的な計算力があるので、おそらく世の中を完全に変えられるもの。創薬は動物で実験しているわけだが、コンピュータ上で計算し、“この病気は遺伝子にこういうエラーがある。こういう物質を入れたら治る”というのを見つけてデザインしてくれる、という世の中が来るかもしれない。ただ、何に使えるのか、何が良くなるか、危険だとわかっていれば止めたのに、ということがわからないまま進むところが研究ではけっこうある。それを使って他人を出し抜いたりと、結局は人間同士の戦いになる気がしなくもない」と危惧する。

 では、技術開発はどうあるべきか。「作るのは科学者で、決めるのは政治家だという考えもあるが、そこは完全に切り離されてはいけない。原爆は、ユダヤ人虐殺を行っていたドイツが開発している、というイメージがあったわけで、そこでやめるかというとまた難しい。自分たちがやっていることが結果どういう可能性を生むのか、意思決定者に情報を知らせるところまではやるべきだと思う」と述べた。(『ABEMA Prime』より)

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