岸田政権が続々と少子化対策を打ち出すなか、衆議院で「子ども・子育て支援法」改正案が審議入りした。政府の「こども未来戦略・加速化プラン」を着実に実行するため、児童手当の拡充や育児休業の給付引き上げなどの策が盛り込まれるなか、保育所経営の“見える化”にも注目が集まる。
政府は、保育士の給与水準を都道府県へ報告するよう、保育所などに義務づける方針を示した。改正案では報告をもとに、保育士の賃上げが適正かを検証し、待遇改善につなげるとしている。人材確保や保護者への情報提供のため、報告内容は公表する方針で、2025年4月の施行を目指している。
実際の現場はどうか。福井新聞が今月、県内の保育士不足を報じたところ、「30代で手取り16万円程度、長く勤めても18万~19万円。仕事量も半端じゃない」「保育士の仕事を助けてください、そしてみんなに理解してほしい」といった、保育士からの“SOS”が寄せられた。『ABEMA Prime』では、保育士の給与と経営の実態を考えた。
■“180万円”どこへ? 安すぎる保育士の給料
会社員から保育園の園長に転職した経験を生かして、保育士のお悩み解決サイトを開発・運営している石井大輔氏は、給与の実態報告は「いいことだ」との認識を示しつつ、「保育現場に聞くと、『どんどんやろう』『給料が知られると、採用が難しくなるのでは』という2つの意見に分かれた」と語る。
女性の妊娠・育児などを取材するジャーナリストの小林美希氏は、保育現場の給与水準は「一般企業よりも低いケースが多い」と指摘する。「保護者が『こんなに低いんだ』と知り、協力的になることが大事だ」。
内閣府調査(2019年度)をもとに小林氏が試算した保育士の給与は、公費による賃金は全国で464万円だが、実績は362万円。公費と実績の間には全国102万円もの乖離があるという。東京だけに限定すると184万円に差は広がる。これは、全産業の平均賃金(433.3万円)を下回る水準だ。
この給与の実態に小林氏は、公費で保育所に入る人件費分は、他の用途にも使えるルールがあると指摘する。「経営が同じ他園の施設整備費や、事業拡大の運営費・工事費に回せる。経営者が私的利用したり、経費で落としたりなどの悪い使い方も、実態としては多い。人件費にすべて使われないために賃金が低くなっている」。
現役保育士で育児アドバイザーのてぃ先生は、それに加えて「人材確保にも使われている」と説明する。「保育士1人を雇うのに100万円を超えることもざら。紹介会社を通すと年収の20〜35%がかかるが、労働環境が悪く1カ月後に退職する場合もある。そうすれば、また100万円が必要となるループに陥っている」。
■保育園が定員割れ 入ってもらうため躍起に?
こども家庭庁の資料によると、待機児童は10年ほど前には毎年2万人台を推移していたが、2017年の2万6081人を境に減少し、2023年は2680人とピーク時の1割程度に。株式会社明日香の調査によると、勤め先の児童数は「定員割れ」が24.3%、「定員とほぼ同数」が44.3%。また、少子化が続くと経営難に陥る可能性があるかとの問いには「非常にそう思う」が22.9%、「ややそう思う」64.6%と、あわせて9割以上の結果が出た。
てぃ先生は「都内でも定員割れの保育園が増えている」と語る。「園児獲得に必死になって、『うちは年長さんでプログラミングをやる』など、保育の中で“習い事”を始めると、その講師にも給料が発生して、保育士にまわらなくなる」「処遇改善手当は、保育士ひとり一人にではなく、事業者に一括で支払われる。それを保育士に直接行き渡る仕組みにすればいいのではないか」。
石井氏も「どこの現場も定員割れが普通。新設の審査に通っていても、子どもが集まらないからと、途中で開設を断念する保育園も多い。カリキュラムも自分で開発するのではなく、既存の民間サービスを導入するため、園の差別化にならない」と説明。
小林氏は「評判が悪い園ほど、立地をマーケティングして、便利な場所に開設する。親はだまされて、生き残っていく」とした上で、規制緩和による弊害もあると述べた。「“見える化”は第一歩に過ぎず、運営費の使い道を戻すよう規制を強化して、人件費は人件費、修繕費は別の公費で……としないと、お金をプールしたり、もっともらしい理由で悪用したりする人が後を絶たない」。
■園長に求められる資質とは
保育園の現状を変えるには、園長の力量が問われるのか。石井氏は「給与の裁量権も園長にある。職員や子どもの立場を考えられれば園も変わっていくが、意外と孤独な園長も多い。事務作業に加え、保護者や職員から文句を言われ、『現場に居たかったのに』と心を痛める人もいることを理解したい」。
園長になるための資格に明確な法的基準はないが、自治体独自の資格要件はある。東京都の公立認可保育園の場合、保育士資格は必須ではないが、児童福祉事業に2年以上従事、もしくは、それと同等以上の能力を有している必要がある。
てぃ先生は「園長になる人は、10〜15年の保育経験があり、保育や子どもについては詳しい。ただ運営や経営の知識は、ほぼゼロ。人間関係のトラブルを相談しても『大変よね。頑張ってね』で終わりだ。園長としての能力がない人が多いから、労働環境も悪いままで、保育士は辞めていく」と苦言を呈する。
一方で、経営視点を強くしすぎるのも考え物だ。小林氏は「『保育はもうけるものではない』との前提知識を持った人が園長をやるよう、貫かないといけない」と忠告する。「待機児童問題で園ができて、もうけるだけもうけて、市場が縮小したらM&Aで売り抜ける。そういうことが多く、保育を荒らしている面が強い。保育は本来、自治体が行うものだと児童福祉法で位置づけられている。そこへ立ち戻るしかない」。
こども未来戦略の加速化プランでは、“量の拡大”から“質の向上”への移行を目指して、76年ぶりの配置基準改善を行っている。0歳児3人に保育士1人、1〜2歳児6人に1人の比率は変わらないが、4月1日からは、3歳児15人(これまでは20人)に1人、4〜5歳児25人(30人)に1人となった。
配置基準の見直しに、てぃ先生は「もっとやっていくべき」との立場だが、満たせる保育園が存在しない現状も明かす。「こんなに保育士が集められない。基準だけを改善しても、問題はループするだけ。個人的には、給料を増やすより、労働環境の改善を先にしないと、歯止めがきかないと感じる」と危惧した。(『ABEMA Prime』より)
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