こう話すのは、調査会社「企業サービス」の吉本哲雄代表だ。
この会社では企業からの依頼を受け、採用候補者が履歴書や面接でアピールした経歴や勤務状況などに偽りがないかを調査する「バックグラウンドチェック」を行っている。企業が候補者の同意を取ったうえで、就職差別や人権に関わらない範囲で、能力や資質などの整合性を調べるものだ。
吉本代表は、これまで様々なケースの「経歴詐称」を見てきたと語る。
「勤続10年で部長職だったという経歴の人を調べたところ、わずか3カ月で退職していた。また、辞めたのは最近ではなく9年前。現在までの約9年間はアルバイトを転々としていたという」
他にも、有名大学を卒業後、外資系のコンサルティング会社を二社経験したという経歴が、実際は高校を中退し職を転々としていたというケースもある。更には、円満退職だったという申告の職歴が、実際は解雇だったケースも。営業経験が豊富だったというのは申告通りだが、仕入先と癒着しキックバックを受け取っていたことが発覚したという。
実際に、採用候補者から経歴詐称されそうになった会社を取材した。
「とても悲しい出来事が起きました。いわゆる経歴詐称です」「バカにされたようで悔しい」
SNSで怒りをあらわにするのは、東京・大田区で機械設計を行う町工場「安久工機」の田中宙さんだ。発端は2023年、とある応募者からの申し込みだった。
「60代手前の応募者は、海外の技術系の大学を卒業し、日本の大手電気機械企業で開発のマネージャーを務め、その後海外の電気機械系の会社でもマネージャーを勤めたという経歴だった。このような経歴の人物が入社すれば、飛躍的に成長するだろうと思っていた」
しかし、喜びもつかの間…
「取得した特許や関わった特許が並べられていたが、特許の検索サービスで名称や応募者の名前を検索してみたところ、一つも該当しなかった。この時点で話を盛っているのか、完全に嘘なのか」(田中さん)
さらに、現在所属しているという団体に問い合わせたところ、「そんな人物はいない」との回答があった。疑問を抱いた田中さんが「特許番号など詳細を教えて欲しい」と男性にメールを送ると、「別の会社のプロジェクトにジョインすることになったので、面接はキャンセルします」という一方的なメールが来たという。
田中さんも「だから何が本当で何が嘘か全く分からない状態」と途方に暮れる。
驚くことに、この人物は今も同じ地域で虚偽とみられる経歴をかたって職を探していることが同業者の話で判明した。
「嘘の経歴で大きな成果が出せると考えていたのか、ワケが分からなすぎてなんでそんなことをするんだろうという気味悪さも」(田中さん)
経歴詐称は罪に問われることがあるのか。労働問題に詳しい家永勲弁護士は「その可能性は低い」とした上で、「例えば大卒だと偽るために卒業証明書や成績証明書を他人のものを書き換えて提出する行為は、文書偽造となる可能性がある。また、その資格が給与や手当に影響する場合、その手当を不正に受け取ると詐欺罪になることもある」指摘。
一方、経歴詐称をした社員を解雇処分とするのが難しい場合もある。詐称が会社や募集する職種にとって重要な資格であり、それが本人に伝わっていた場合は「重大な経歴詐称」とみなされ解雇できる可能性があるが、そうでない場合、企業はその社員をやめさせることが難しい。
採用活動を行う際には、本人の同意を得た上で前の勤務先に照会をかける必要があると家永弁護士は話す。
「同意してくれた場合には裏取りした上でそれと照らし合わせて『確かにそうだね』という、経験した仕事に虚偽がないと検討・確認していくことができる。採用前にどれだけの確認をするのかは整理しておいた方がいいだろう。それは証明書類の提出をどれだけ求めるか、当然偽造されてしまえば分からないかもしれないがただ単に自分の履歴書に事実と違うことを書くのと証明書に偽造してまでウソをつき通すのでは心理的なハードルがだいぶ違うはず。会社の防衛のために(行う必要が)ある」
就職情報大手マイナビの調査によると、正社員の転職率は、コロナ禍だった2020年に少し減少しているものの、2023年は7.5%。調査を開始した 2016 年から約 2 倍以上に増えており、中途採用者の経歴チェックは今後大きな課題となってきそうだ。
ノンフィクションライターの石戸諭氏は「以前と異なり、今は転職がキャリアや収入のプラスになる時代であるため、このような詐称は増えてくるだろう」と話す。
企業は応募者の経歴をどう確認すればいいのだろうか?
まず1つ目は「リファレンスチェック」。これは、採用候補者が以前勤めていた会社の上司や同僚などに性格や実績、仕事への姿勢などを確認するものだ。ただ、個人情報保護法の観点から詳細な情報をもらえないなど、詳しい調査が難しいケースも多いという。
もう一つは「バックグラウンドチェック」だ。これは、採用候補者の履歴書や面接内容などに虚偽がないか経歴や過去の仕事などを調査するものだ。こちらは調査会社に依頼するのが一般的で、公開情報やデータベースなども使って虚偽がないか確認する。この2つの方法はどちらも本人の同意を得て行われることが前提となる。
日本では外資系企業や一部企業で取り入れられているが、アメリカでは一般的だ。
この「企業側の確認」について、石戸氏は「僕もリファレンスチェックの依頼を受けたことがある。以前の勤務先の同僚が外資系企業に転職するにあたって、互いの同意の上でその人の職務や功績を伝えた」と経験を語った。
「差別にあたるような、職務を超えた『これだけは聞いちゃいけない』というポイントはたくさんあるが、僕がリファレンスチェックで先方と話した際も、働きぶりやプロジェクトにどのように携わっていたか、どのように映ったかなど業務の範囲は超えないよう意識されていると感じた」
さらに、企業の経歴詐欺の対策について、家永弁護士によると
・重視する資格や採用条件を明確に伝えること
・証明書類の提出を求めること
・重要事項は面接でも重点的に聞くこと
・前職への確認など調査の実施を告知する
などを事前に行った上で、「重大な経歴詐称」であることを示せないと、採用した後に経歴詐称が分かっても解雇できないことが多いという。
これに対し、石戸氏は「今まではここまで偽る人がいると想定していなかったと思うが、もはや諸外国のリファレンスチェックを参考にして、企業側が事前に本人の了承を得た上で、積極的に実施していくべき状況だ。適法の範疇の中で、調査するというハードルを課すことで、『そこまでの嘘をつくと大変なことになる』と感じる。経歴詐欺はある程度防げるはずだ」と指摘した。
◼︎「1カ月で会社辞めました」は履歴書に書くべき?
最近、入社して1カ月足らずで退職代行サービスを使って退社した新入社員らが話題になったが、短期間で辞めてしまった場合でも、再就職の際は履歴書や面接で申告しないと問題になるのか?
家永弁護士は「ごく短期間なので申告は必須ではないが、卒業までの就職活動について聞かれた時に否定すると嘘をつくことに。事情や理由を説明して申告したほうが採用する側も検討しやすいのでは」と説明した。
石戸氏は「わざわざ不利になるようなことを言う必要はないと思うが、1番いけないのは嘘をつくこと。辞めた理由なども言いたくないのであれば言わなくていいし、あるいは『こういうことがあった』と言えるのであれば言えばいい。嘘ではない範囲で自分がどこまで話して、何を言わないのかという一線は自分の中で決めるしかない。1カ月で会社を辞めたとしても何か正当な理由があれば『それはなかったことにして、うちの会社で頑張ってほしい』という話になることもあるだろう。何がポジティブに作用するか分からない。企業側の採用と説明の仕方も今後はそうした部分も含めて求められてくるのではないか」と述べた。
(『ABEMAヒルズ』より)
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