WBAスーパーフライ級王者の井岡一翔(志成)が7月7日、東京・両国国技館でIBF同級王者のフェルナンド・マルティネス(アルゼンチン)との2団体統一戦に挑む。井岡はこの大一番に向けて5月下旬から1ヵ月の日程でラスベガス合宿を敢行中。現地でトレーニングを重ねる井岡に合宿の成果、勝負のポイント、そして将来の展望までを聞いた――。
井岡が師事するトレーナー、イスマエル・サラス氏の住むラスベガスで長期合宿を張るのは2試合ぶり。前回は試合の決定から試合までの期間が短かったため、日本でのトレーニングを選択したが、日本を離れてボクシングに集中するスタイルは、井岡が世界戦にたどりつく大切なプロセスと言えるだろう。
1日のスケジュールは午前11時からジムワーク、昼食と休憩をはさんで夕方4時半からパーソナルのフィジカルトレーニングという2部制で、文字通りボクシング漬けの日々を送る。今回は同門の重里侃太朗、デビュー前の吉良大弥というホープ2人が同行しており、井岡は「若い選手と一緒に練習できるのは刺激になる」と充実した表情だ。
井岡は世界のトップで13年以上戦い続ける世界的にも希少なボクサーである。35歳という年齢も決して若くはない。それでもなおトップの力をキープしているポイントの一つがコンディショニングだ。ラスベガスには日本から佐々木修平トレーナーのほか、専属のシェフ、体のケアをしてくれる専門家2人が同行し、チャンピオンをサポートしている。
「ハードワークをこなすのに体のケアは欠かせません。年齢も年齢だし、もともと体は繊細なほう。疲労があっても常に動ける体、自分が納得できる体を維持しておきたい。そうなるとチームのサポートがないと厳しい。チームに支えられてボクシングに集中できるのは、より士気が上がるというか、本当に感謝しかないですね」
ラスベガス合宿初参加のシェフは前回の防衛戦前、自宅にまで来て食事を支えた。18年の復帰戦から体を見てもらっている東洋医学の鍼灸師と、高校時代から世話になっているというカイロプラクティックの専門家はいつもラスベガスまで足を運んでくれる。こうして井岡は大一番に向け、トレーニングに没頭するのだ。
IBF王者のマルティネスは32歳、16戦して無敗をキープしている野心的なボクサーである。好戦的なファイトスタイルが特徴で、打撃戦は大好物と言えるだろう。そんな相手を迎えるにあたり、常にクレバーに戦う井岡が「マルティネス選手の得意な距離で打ち勝ちたい」と発言しているのは非常に興味深い。
「マルティネス選手の強いところで打ち合って、しっかり削ってダメージを与えていく。そうした上で、ディフェンスでいなして、さらに削っていく。それが戦い方としてはいいかなと思っています。後退してしまうと見栄えも悪い。自分は自らすすんで打ち合うタイプではないけど、打ち合いが弱いわけではないので」
技巧派として名高い井岡が、そのテクニックで自らの首を絞めたのが22年大みそか、ジョシュア・フランコ(米)との2団体統一戦だった。グイグイと前に出て手を出すフランコに対し、前半は後手に回り続け、後半に追い上げたもののまさかのドロー決着。この試合が自らのボクシングを省みて、修正を加えるターニングポイントとなった。
「昔は前で作れていたから後ろも作れていた。それがKOできなかった時期は後ろで作るまでのプロセスがなくなっていたんです。前で作るからこそ後ろも機能する。前でしっかり作らないと後出しジャンケンも機能しない。それを理解した上で、状況に応じてボクシングを組み立てていく。そこのところを今、練習で落とし込んでいるところです」
独特の言い回しをかみ砕くなら「前で作る」はより積極的に自分から仕掛けるということ。「後ろで作る」は相手を引き込むなど、より「待ち」をイメージさせるスタイルと言える。もちろん「前で作る」、「後ろで作る」は状況に応じて選択するもの。いずれにせよ、細かい技術は理解できなくとも、前回の試合で多くのファンが「井岡のファイトがよりエキサイティングになった」と感じたはずだ。
ラスベガスではもともとサラス氏のもとで練習している選手のほか、今回は3月にWBCフライ級王者、フリオ・セサール・マルティネス(メキシコ)に挑戦して惜敗したアンヘリノ・コルドバ(ベネズエラ)をニューヨークから招へいし、マルティネス対策に励んでいる。
この試合に勝利し、さらなるビッグマッチにつなげるというのが井岡の思い描く青写真だ。2団体統一戦に先立ち、6月29日にはアメリカでWBC王者のフアン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)と2階級制覇王者のジェシー・ロドリゲス(米)が対戦する。エストラーダは井岡が復帰したときから標的にしているターゲットであり、ロドリゲスは24歳と若く、玄人筋からの評価が高い。井岡が2度対戦したフランコの実弟でもある。この試合の勝者との対戦を井岡は待ち望んでいる。
「できたらエストラーダ選手に勝ってもらって彼とやりたい気持ちがありますけど、ロドリゲス選手はフランコ選手の弟だし、どちらと戦うとしてもつながりはあると思います。なかなか自分の思い描く通りにはならないんですけど、ここで自分が統一して、6月29日の勝者とやるのが一番望む形です」
井岡の思い描くストーリーを完結させるためにも、まずは七夕の夜にマルティネスを下し、2本のベルトを腰に巻くことが絶対条件となる。
「打ち勝たないといけないので、自ずと手数の多い試合になるし、もちろん打ち合いも増える。それには覚悟がいるし、いつも以上に気持ちの強さも必要になる。見応えはあると思います」。
クールなチャンピオンが躊躇せずに熱戦を予告した。七夕の両国が熱く燃えそうだ。