最低賃金の引き上げ幅が、厚生労働省の審議会で議論されている。労働者側の委員は東京とその周辺を除く41道府県を対象に、現行から67円と大幅な引き上げを要求。これが実現すれば、ほぼ半数にあたる23都道府県の最低賃金が1000円以上になる。
しかし審議会では、経営者側が引き上げに同意しなかった。その背景にあるのが、日本の会社の99.7%を占める中小企業の存在だ。経営不振や人件費に苦しむ会社には、賃上げが大きな負担になる。政府は中小企業でも最低賃金を早期に引き上げる方針だが、それに異論を唱えた人物が、竹中平蔵元総務大臣だ。
竹中氏は先日、ニュースサイト「みんかぶマガジン」の記事で「日本は弱者の保護を簡単に認めてしまう。それが国全体を弱くしている」と主張。最低賃金すら払えない企業の延命措置をやめて、解雇規制など雇用の流動性についての議論が必要だと指摘した。この意見について、『ABEMA Prime』では竹中氏と考えた。
■竹中平蔵「最低賃金の上昇と助成金の同時進行は矛盾している」
竹中氏は、前提として「社会保障と経済政策の議論を混同してはダメだ」とし、「最低賃金は、社会保障の制度。一方で『最低賃金を上げることで、ゾンビ企業をなくす』『給与が増えれば消費も増える』は経済政策だ。最低賃金については、人々の生活水準を議論すべきで、政府が企業の新陳代謝を高めたいのであれば、経済政策として議論しなければならない」と説明。
加えて「中小企業の最低賃金を上げようとしつつ、雇用調整助成金のように企業を守るための政策を同時進行するのは矛盾している」と指摘し、「中小企業を新陳代謝させるようなことを言いながら、保護するための政策にも、同時に相当の予算が使われている」と問題視した。
これに対し、人材コンサル企業「人材研究所」代表の曽和利光氏は、「すでに離職率は高く、流動性は十分に高い。『解雇規制があるから採用を控える』なんて人事担当者は存在しない」と主張。その上で「仮に流動性が上がっても、生産性は上がらない」とも語り、離職者の増加により、企業は人材育成をしなくなり、むしろ生産性は下がるとの見解を示した。
さらに曽和氏は「『人材流動性を高めないといけない』と言われるが、むしろ経営者からすると、流動性が高まりすぎて、『どうやったら離職率を下げられるのか』と聞かれる。転職求人倍率が3倍近くある現状で、解雇規制の緩和は必要ない」と紹介。
竹中氏は流動性の高まりを認めつつ、「今のような時もあれば、そうでない時もある」と、制度設計の難しさを語る。「現状は人手不足だが、AIの進歩で人手が余る可能性もある。雇用規制が強力な日本で、正社員は“固定費”になる。売り上げが変動する中で、固定費が増えるのは企業にとってリスクだ」と述べた。
■「中小企業に流動性はそぐわない」
一方で、缶のパーツなどを製造する「ヒロハマ」会長で、中小企業家同友会全国協議会の廣濵泰久会長は「中小に流動性はそぐわない」と分析。中小企業では、流動性を高めても生産性はあがりにくく、各企業での専門性が高くても、他社で生かせるスキルは少ない。最低賃金上昇を目指すなら、加工賃などへの転嫁がしやすくなるような公正取引ルールを整備すべきだと提言する。
加えて、廣濵氏は製造現場の実情を「特に中小企業では、個人の能力に依存する部分が大きい。力量が上がったベテランが退職すると痛手になるため、流動性が高まるのはうれしくない。新人もすぐ使えるわけではなく、『流動性が高まると、生産性も高まる』との考え方は、現場では違和感がある」と語る。
作家で社会学者の鈴木涼美氏は「日本の強みは、町工場などでの“ものづくり”にある」と分析し、「金融の国でも、軍事の国でもない。おいしい農作物や、開けやすいパッケージには、中小企業の技術が結集している。そこに対して、グローバル企業とは違う保護策を国が設けてもいい」との見方を示す。
中小企業庁の調べ(2021年6月1日時点)によると、事業者数で見ると、大企業は1万364者、中小企業は336.5万者で、中小企業割合が99.7%。従業員数では、大企業が1438.5万人、中小企業が3309.8万人で、中小企業割合は69.7%となっている(いずれも第1次産業を除く)。
廣濵氏は「生産性は“収入”と“効率”の両面から、議論していく必要がある」といい、「中小企業も価格転嫁できるような強い企業にするために、自助努力が必要な部分はある。一方で、優越的地位にある親会社などから、正当な工賃をもらえず、収入が抑えられているケースもある。効率も良くする余地はあるが、そもそも中小企業には、自動化しにくい仕事しか回ってこないこともある」と述べた。
■生産性高めるには「設備投資か人材投資しかない」
竹中氏はものづくりの重要性は認めつつ、経済全体で見ると「製造業が占める割合は4分の1以下で、他業種でGDPを稼いでいる」と指摘し、「新産業としてインバウンドが出てきたが、海外のプラットフォーマーに稼ぎが奪われている現状がある」。時代に合わせた変化の例えとして、石炭から石油への移行を挙げ、「国民全体が少しずつ付加価値を高めて、リスキリングしないといけない。生成AIで人手が余る時のために、ベーシックインカムのような所得再配分の制度を“合わせ技”として用意する」。
曽和氏は、生産性を高めるには「設備投資か人材投資しかない」とし、「企業経営者や人事担当者を見ていると、自分の能力を自分で調べて、時代に合わせて開発していくようなキャリア自立は、日本人には無理だと感じる」と話す。
生産性と最低賃金の関連性にも考慮が必要だ。廣濵氏は「最低賃金が上がると、企業は生産調整のために、パートの時間を削る」と説明する。「働く意欲も能力も、時間もあるのに働かない、もったいない状況になる。無駄な規制やルールは、良い方向にシフトしてほしい」と要望した。(『ABEMA Prime』より)
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