静岡で暮らす高橋さん親子。現在高校3年生の長男・たけしさんは7年前に同級生からいじめを受けていた。
【映像】「健常者に戻りたい」「この体を元に戻してほしい」いじめの後遺症に悩む、高橋たけしさん(17)
複数回に及んだ暴力でのいじめ。殴られた右耳は聴力が低下。慢性的な耳鳴りも伴い、補聴器なしでは日常生活を送るのも困難となった。そんな状況が続き、たけしさんは「死にたいと思ってしまったり、遺書も書いた」と話す。
結局、医師の勧めもあり、転校することになったが、辛い日々はそれで終わりにはならなかったという。「だんだんと症状が悪化していって、倦怠感や味覚がないとか、適応障害という診断を受けた」。
たけしさんを襲ったのは今密かに注目されている心の病、「いじめの後遺症」だ。いじめのトラウマなどが原因でPTSDや適応障害を患う後遺症。いじめには遭わなくなったにも関わらず、たけしさんの場合、対人恐怖症・うつ病・慢性腸炎など、さまざまな症状を患ったという。
そんなやり場のない思いを晴らすため、市や同級生を相手に損害賠償を求める裁判をした。しかし、一審二審とも「精神的苦痛は大きなものであったが、いじめと後遺症の因果関係は認められない」との結果に。(東京高裁 今年7月)
実際にこの裁判が報道されるとネットでは「もう過去の事でしょう」「いつまでも気にしすぎでは」などと心ない言葉が…。症状に加え、社会で理解されない生き辛さまで被害者に与える、いじめの後遺症。今も悩み続けるたけしさんとともに『ABEMA Prime』で考えた。
■たけしさんが小学校5年生のときに受けた、いじめ被害
たけしさんは小学校5年生のときに、ばい菌呼ばわり、馬乗りで殴られるなどの、いじめ被害に遭った。「毎日、“たけし菌だぞ”と菌のつけまわしが止まらなかった。一番嫌だったのは、“馬乗りパンツずらし事件”だ。ある生徒に倒され、もうひとりの生徒が馬乗りになって、頭、肩、耳を平手でバシバシ叩いてきた。耳がずっとキーンと鳴っていて、何も言えず、手足をバタバタさせることしかできなかった。そしたら、“ズボンとパンツずらしてしまおうぜ”と、脱がされてしまった」と振り返る。
そんな状況を誰にも伝えることはできず、「仕返しがどうしても怖くて、もし親が言ってしまったら、どんどんエスカレートしていく恐怖があった」。
担任の先生にも「相談しなかった」といい、「菌のつけまわしなどされても、担任の先生は教室の中で何も注意しなかった。宿題の採点やプリントを壁に貼ったりして、見て見ぬふりをしていた」と述べた。
たけしさんのいじめ被害について、母、まりこさんは「最初は正直気がつかなかった」という。しかし、「だんだんと家での様子がおかしくなってきた。なにかあると思い、本人に無理やり問い詰めて、発覚した。次の日には学校の校長先生に伝え、主犯格の7名が分かった」と話す。
7年経って、たけしさんは「小学校5年生の症状から何も改善していない」と明かす。「水便が出たり、毎日学校に行けない。倦怠感があり、授業中にめまいもする。たまに、幻聴や耳鳴りがある。一番嫌なのが、うつ状態に入ってしまうことだ。あのとき死んでたら楽だったのかなと考えてしまう。制御できないので、精神安定剤などの薬を飲んでいるが、ここ最近だと意味がない」。
■損害賠償を求め裁判を起こすも訴えは認められず
7年前に受けた、いじめで適応障害が発症したたけしさんは、市や同級生相手に損害賠償を求め裁判を起こすも、一審、二審ともに「精神的苦痛は相当程度大きなものであったが、適応障害との因果関係は認められない」との判決になった。
まりこさんは「お正月、おせちを食べていたときに(たけしさんが)味がしないと突然言い出して、もう駄目だなと。それで学校を転校して、いじめから1年後の2019年に裁判をした。4年後の2023年10月に一審の判決があったが、裁判では認めてもらえず。判決にすごく疑問を抱いて、控訴したが、病気との因果関係は認められなかった」と振り返る。
加害者家族はSNSで充実した毎日を投稿し、いじめの主犯格はスポーツで活躍し新聞に掲載される。一方で、たけしさんとまりこさんは、裁判を起こしたことで、周囲の目や誹謗中傷があるという。まりこさんは「主犯格は、県民の誇りと言われている子だ。その子は自分でインタビューには出るが、やったことに対して法廷では一度も出ない。親も出ないし、子どもも当然出ない」と憤りを感じている。
直接謝罪もなかったのか。たけしさんは「一切なかった。“ごめんね”って言葉だけでも救われるのに、謝罪の言葉すらもなかった。いじめの後遺症で苦しんでいる人たちのためにも、裁判をやってきたが、加害者寄りの判決になってしまった。救いの手を振りほどかれたような判決だったので、納得できなかった」と答えた。
いじめ後遺症の第一人者で、つくばダイアローグハウス院長、精神科医・批評家の斎藤環氏は「ありふれた判決だと思う」といい、「いじめ後遺症の事実はほとんど知られていない。時間が経ちすぎている、因果関係がないという判決になるのは予想の範囲内で、いじめ後遺症という現実が全然知られていないことの証左でしかない」との見方を示した。
■『いじめの後遺症』治療法はあるのか?
そもそも、いじめ後遺症はPTSD、適応障害の症状が年十年も続き、その後のストレスでさらに悪化することもある。東大の精神科医、滝沢龍氏によると、イギリスでは7歳から11歳までの間にいじめ被害を経験した約8000人に対し追跡調査し、PTSDのリスクが2割増え、いじめの後遺症のエビデンスとされている。
2021年の旭川での女子中学生自殺の事件では、当時、教育委員会の調査で「いじめと自殺に因果関係はない」と発表した。しかし斎藤氏ら専門家が「いじめの後遺症が自殺に至った要因の一つ」と訴え、再調査で「いじめ(後遺症)と自殺の因果関係を認める」という結論に至った。
斎藤氏は「今まで報道されてきたいじめ自殺は直後に亡くなる方が多い。だから直後に死んでなかったから違うと判断されやすい。全くエビデンス重視ではないというのが現実だと思う」との考えを述べた。
いじめの後遺症の治療法はあるのか。「PTSDとして考えても、一般的には完治はしないが薬物が部分的に有効だったりすることもあり得る。精神療法としては一番有名なのは持続曝露療法で、自分の経験を繰り返し語ることでインパクトを弱めていく方法。一般的には集団の中で、人薬という安全な環境で親密な人間関係を経験しながら、自分のトラウマ経験を上書きしていくことも不可能ではないと思う」と答えた。
(『ABEMA Prime』より)
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