米ジョン・ケリー元大統領補佐官が、大統領時代のトランプ氏が「ヒトラーは良いこともした」と幾度も発言した、と明かして話題になっている。アメリカの雑誌も、トランプ氏が在任中に「ヒトラーの周辺にいたような忠実な将軍が必要だ」と述べていたと報じた。
大統領選が再来週に迫るなか、トランプ氏と争うハリス副大統領は「ヒトラーを引き合いに出すのは非常に危険で深く憂慮すべき事だ」と非難した。これにトランプ氏は「今回の話は憎悪にまみれたケリーのでっち上げだ」と反論している。
ナチス・ドイツを率いたアドルフ・ヒトラーは、第2次世界大戦でヨーロッパ各国に侵攻。ユダヤ人を迫害し、約600万人を虐殺した戦争犯罪人とされている。一方でネットなどでは、ドイツ国内での失業者対策や経済対策、オリンピックでの聖火リレー考案など制作について評価をする声もある。増えるヒトラー肯定論、私たちは歴史をどのように評価すればいいのか。。『ABEMA Prime』では、ヒトラーの研究もしてきた元東京都知事で国際政治学者の舛添要一氏と考えた。
■舛添要一氏「ジェノサイドは許されず。経済政策などとは切り分けるべき」
ナチスの政治思想・体制を「ナチズム」と呼ぶ。国家主義・民族主義・独裁主義を特色に、1933〜45年のナチス政権下で行われた。優生思想から障害者を殺害し、反ユダヤ主義からユダヤ人の迫害を行い、「ホロコースト」では強制移住·ガス室での殺害などで、約600万人が迫害·殺戮されたとされる(米ホロコースト記念博物館HPからまとめ)。
舛添氏は「もちろんジェノサイドは決して許されないが、切り分けて考えなければ再発を防ぐことはできない」との見解を示し、評価できる政策として、経済復興·失業者減、労働福祉政策、少子化対策、健康政策、外交(領土返還)、PRを挙げる。
ヒトラー研究を始めたのは「20世紀に独裁者が生まれるのはなぜか」との興味からだった。「ナチスはクーデターではなく、選挙で第1党になった。『なぜドイツ人はヒトラーについていったのか』と調べたくて勉強した」。
50年前にミュンヘンで学んでいた頃、下宿先の主人に「生涯でヒトラー時代が一番よかった」と明かされ、「時代によって評価が変わるが、なぜ当時のドイツ人がヒトラーを支持したのかを見る必要がある。そこにはなにか理由がある」と感じた。
支持する理由として、主人は「子どもの時におやじが失業者で飯も食えなかったが、ヒトラーが政権を取って、失業対策をしたら就職できた」と語ったという。「600万人ほどの失業者がいたが、ナチス政権で一気に減らした。子どもの頃の苦しい生活から『よかった』と感じたのだろう」。
他の政策として、ドイツで建設された自動車専用の高速道路「アウトバーン」がある。失業者に職を与えるため人力を活用し、雇用は約1000人から10万人になった。また、経済政策では、ヒトラーが政権に就いたとき「4年で失業を解消する」と約束し、3年後には失業者が激減。価格統制でインフレ抑制も行ったと、舛添氏は説明する。
各種政策については、「最初から戦争を大きな目的にしていない」と分析している。「ドイツ人が住む土地が少ないため、ロシアの領土を取っていった。最終手段は戦争になったが、それまでは外交で領土を取り返した。当時は『戦争しないで領土を取り返した“外交の天才”』との評価もあった」と解説する。
■ヒトラーは「良いこともした」は虚構
ドイツ出身のコラムニスト、サンドラ・ヘフェリン氏は「ヒトラーを評価することはありえない」との立場だ。「半世紀前には『ヒトラーが好き』という人も結構いたが、ずっと問題になっていた。若い世代がいくら否定しても、『あの時代は良かった』と言う人は存在した」と振り返る。
しかし、それから数十年がたち、「年配者もふくめて『反省すべき』と扱っている」のが現状だそうだ。「失業者対策もアウトバーンも、戦争に突き進むためのことだった。その結果を考えた時に、果たして“功績”と言えるのか。なぜ良い点にスポットが当てられるのか、私には理解しがたい」。
サンドラ氏は「良いこともした」は虚構だと指摘する。経済復興・失業率減は、「統計が恣意的なのでは?」「ヒトラー発案じゃない物も」「例え本当でもその目的は『戦争』のための強国作り」と考える。また、少子化対策や健康政策は、「“強い兵士”育成のため」「“罪”の犠牲の上に成り立っている“功”もある」と指摘する。そして「良いことした」論の人は、極右など、その向こうに「思想」が見えるという。
失業率対策や少子化完全など、あらゆる政策が「優秀な兵隊を作り、戦争へ行かせるため」のものだとして、「ドイツ人としては、その過程を功績とは言えない」と繰り返す。「一部の右翼が言っても、メディアや世間から一斉にたたかれる」。
一方で日本では、気軽に名前を出されることも多いという。「人前で話すのが苦手だったが、ある日本人から『ヒトラーは演説が上手だったから参考にすれば』と言われてびっくりした。悪い政治家という意識が欠けて、マスコットキャラのようになって、“部分的にお手本にすべき人”と扱われている」と懸念を示す。
舛添氏は、「第1次世界大戦の戦勝国が、ドイツに対して天文学的な賠償金を強いたことで、経済が立ち行かなくなった。その反省から、第2次世界大戦では、日本から賠償金を取ろうとしなかった」と解説する。「ドイツがハイパーインフレになったのは、ドイツの経済運営だけが悪いわけではない。当時のドイツ人が評価して、今のドイツ人が評価しない“考えの違い”をはっきりさせないといけない」。
■ヒトラーを評価する声…なぜ増え続ける?
Xでは「自国を押し上げたという意味で、あれほど功績のある政治家もいない」「手腕があったのは間違いない。学ぶべきところも多い」「もっと多くの人を殺した独裁者なんてたくさんいるだろ」のように、ヒトラーを評価する声も出ている。
舛添氏は、ホロコーストは絶対に認められないとした上で、「ヒトラーほど演説がうまい政治家に会ったことがない。抜群の能力を持っていたが、その結果ひどいことになった」と評する。「『世の中の不満は誰かの責任』だとする時に、『ユダヤ人が悪い』と言う。ヒトラーは若い頃、反ユダヤ主義者から洗脳されていた。『ヒトラーはなんだ』と苦々しく思う人もいたが、圧倒的多数の大衆支持があった」。
サンドラ氏は「マーケティング能力がある人は、世の中にいっぱいいる。なぜ政治的に悪いコトしたとされる人の、”悪いコトではないこと”に注目する必要があるのか」と反論し、「政策は全部事実だと思うが、その先にもたらしたことは世界中が知っている。ユダヤ人家庭から家具や宝石を没収し、ドイツ人に振り分けて、『豊かになった』と言うのは違う。裏のことも考えて発信すべきだ」と非難する。
コラムニストの河崎環氏は、この発言を受けて、「なぜ現代の我々が関心を持ってしまうのか」に焦点を当てる。「アイコンとしての大きさに加えて、“ダークヒーロー”に対する心理的ハードルが下がっていないか。SNS時代で『目立つ』『映える』に価値が置かれる今、ヒトラーやゲッペルス的なプロパガンダに目を向けてしまうトレンドがある」。
舛添氏は「ヒトラーやゲッペルスがラジオを使って、ドイツ国民を洗脳したのと同様な面をSNSが持っているのではないか」と気をもむ。「いい道具だが弊害もある。私がYouTubeに動画を出すと、ナチスの親衛隊が殴り込みをかけるような勢いで反応が来る」。
トランプ氏がしたとされる発言を、舛添氏はどう見るか。「トランプ氏は本当に歴史を勉強しているのか疑問だ。安倍元総理と話したときに、日露戦争を知らなかったという有名な話がある。ヒトラーのことをどこまで知っているかわからない。そういう人の話を議論してもしょうがない」と断じた。
(『ABEMA Prime』より)
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