自分の固定席を持たず、気分に応じて好きな席を選ぶことができる「フリーアドレス」にしたことで訴訟に発展した事例がある。
その舞台は2019年から研究室のフリーアドレス・フリースペース化を実行した、山口県の梅光学院大学だ。
「研究執務に専念でき、学生の教育も行うために適切な環境が確保されていない、と損害賠償請求訴訟を提起した」(原告代理人を務める西野裕貴弁護士、以下同)
一部の教員など9人が原告となり、大学側に合わせておよそ1200万円の損害賠償を求める訴訟を提起。この背景にあったのが、大学の重要な目的である「研究」に集中できないという問題だ。
「研究内容を盗用される懸念がある」
「梅光学院の研究スペースは一般の方も含めて誰でも入れてしまう。そのため、先生方の研究内容も盗用されてしまう可能性もある」
梅光学院大学は2019年、「クロスライト」と呼ばれる新校舎を建設。人々の交流が自然に生まれるようなオフィスを目指し、教員の個人研究室を撤廃した上で、共同研究室を導入した。学生と教員の垣根を取り払った開放的な空間はこれまでの大学のイメージを変えるオシャレな校舎として評判になったが、オープンスペースで学生や職員が行き交うため「研究資料を保管するスペースが限られる」「研究内容を盗用される懸念がある」といった教員の不満が噴出。
また、職員も一緒のスペースにいるため、事務手続きの声が常に聞こえる環境で、荷物は60分までしか置くことができないというオフィス利用のルールも。授業の前に片付けて席を離れると、授業が終わった後は席が埋まって使用できないこともあり、研究が中断・集中できない状況に陥っていた。
「研究に集中して論文をしっかり書くにはどうしたらいいか。結局、大多数の先生方がご自宅で研究をすることになって大学に先生がいない状況が生じてきた」
文部科学省が定める大学設置基準では、教育研究に支障のないよう研究室は必ず備えるとしている。その上で、必ずしも個室である必要はないものの、「研究執務に専念できる環境でなければならない」との見解を示している。
梅光学院大学の「共同研究室」は研究室と呼べる空間ではないと訴えた裁判は、一審・二審とも棄却。憲法上の学問の自由に反するとして最高裁まで争ったが、上告不受理という結果となった。
訴訟提起後、職員と教員のエリアが分かれるなど、多少の改善はあったものの、まだまだ研究に集中する環境は得られていないという。
「学生としても、適切ではない環境にいる研究者のもとで学ぶことが自分にとっていいことなのか。個室を前提として、集中でき、資料もあるという安定した研究環境がある前提で(フリーアドレスは)あるべきだ」
「研究に集中」+「交流の場」
梅光学院大学の件について、オフィス環境の成果への影響などについて研究している東京大学大学院経済学研究科の稲水伸行准教授は「研究の分野にもよると思うが、やはり個室で集中して研究したいというニーズはあるだろう。だが一方で、様々な分野の方と自由に交流できる場も必要であるため、バランスをうまくとれるような形で大学の研究室・キャンパスが設計されるといい」と述べた。
理想的なのは「自分だけの固定席は確保されつつ、目的に応じて共同で作業できるスペースも使える」という形態だ。一般企業では、こうしたオフィス環境は「固定席型ABW」と呼ばれている。ただし、フリーアドレスよりも潤沢なスペースが必要になるため、実現できるかどうかは運営者の余力次第になってくる。
(『ABEMAヒルズ』より)
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