内田氏が日産関係者を取材すると、「誰も何も決められない。何をするにも遅い会社と言われる」という指摘があったという。元日産のエンジニアは「日産は初めから3社が統合し創業。さらにプリンス合併。ルノーと資本提携など出自が多すぎる。日産には経営危機の時よって立つ軸がない」「役員たちは退職後、系列の企業や工場に天下りをする。いくら良い車を作っても、収益をあげられない体質になっている。」「日産は生産畑の人がトップにこない。生産畑は初代の鮎川社長ぐらいで、ほとんどの社長が銀行系や購買出身。それ以降では90年代にトップになった久米社長が唯一の生産畑出身で、いろいろな商品を出して日産が一番よかった時代だった」と指摘した。
また、日産の内情に詳しいモータージャーナリストは「日産上層部はクルマに対する熱量が低すぎる。超優秀なエンジニアがたくさんいるが、開発責任者が役員になった例はほぼない。自分の出世のためにルノーばかりを見て仕事をする人が増えた」と語った。
(『ABEMA的ニュースショー』より)
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