■「異世界転生した感じ」「温厚な夫が変わってしまったと」 経験者に聞く“せん妄” 

 坂大樹さん(52)は6年前に脳出血で倒れ、今も左半身にまひが残る。幸い意識を取り戻したが、妻の亜紀子さんは夫の様子がいつもと違うことに気づいた。「すごく疑い深くなった。看護師や医師、面会者すべてを怪しみ、敵みたいな感じ。『持ち物には気をつけてね』とか(言ってきた)」と振り返る。

“せん妄”に悩んだ坂大樹さん、妻の亜紀子さん
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 大樹さん本人は、当時のことを「最初しばらくは集中治療室にいた。その時の記憶はあまりないが、いきなり変なところに閉じ込められた感覚があった。何者かに捕らえられたみたいな」と説明。また、「異世界転生した感じ。自分自身の身を守るのに精いっぱいだった」とも表現し、亜紀子さんのことは「この異世界で唯一知っている人間がいた」と認識していたという。

 そして、医師の病状説明を聞くために病院へ向かった亜紀子さんに、大樹さんは妙なことを言い始める。「音声を録音しておいてくれ。あの医師は怪しいから、何を言われるかわからない」。言われるがまま録音するも、医師の話に怪しいところはなく、録音はすぐに消した。

 他にも「左手が動かないため、口で右手の点滴を抜く」「お見舞いにもらった品がなくなったと騒ぎ、看護師を犯人扱いする」といった異変が。中でも亜紀子さんがショックだったのは、娘と息子の写真を見せた時のこと。「何か考え込む表情をして、これは誰でここはどこなんだろうみたいな感じで『ふーん』と」。

 大樹さんはその時どう感じていたのか。「正気に戻ったという言い方はあれだが、そういう症状があると初めてわかった。それまでは、せん妄状態が自分にとって全て現実で、自分の身に起きていることだと感じていた」。リハビリ開始とともに意識もはっきりしだし、20日ほどで回復した。

 亜紀子さんは当時を振り返り、「脳出血の後遺症は、半身まひしか知らなかった。せん妄を調べて、存在は理解できたが、温厚で怒らなかった夫が『治安が良いところ』と言い続けていた。事件については、患者本人にとっては真実であり、患者と病院のどちらも不幸だったと思う。私の場合、夫が信頼してくれていたからよかったが、“敵”だと思う相手から言われても受け入れなかっただろう。信頼できる第三者の意見が入るといいのではないか」と投げかける。

 大樹さんは「“せん妄”という言葉や症状は、自分に関係ないと思う人も多いだろうが、何かのきっかけでなる可能性は誰しもある。もう少し知る機会があるといいと思う」と語った。

■せん妄の診断基準、認知症と重なる部分も?
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