ファッション誌『JJ』の専属モデルとして活躍するギャビー(29)には5歳の時に生き別れたアメリカ人の母親がいる。ギャビーと母親の24年ぶりの再会に密着した。
ギャビーは日本人の父親とアメリカ人の母親、姉の4人家族で育ち、4歳の時にアメリカから福岡県へと移り住んだ。
「戻ってくるね」と約束
ギャビー「お母さんの記憶として覚えているのは髪を編んでもらった時のこと。写真でも残っていて、全部の髪型が違って。ちょっとでも動くと戻されて」
━━髪を編んでいたお母さんの様子は?
ギャビー「実は(お母さんは)ずっと怒っていた。表情が苦しそうだなって。(記憶にある)お母さんの顔が全部苦しそう。あんまり笑っているお母さんの印象はない」
日本に移り住んでおよそ1年……母親との別れは突然だった。
ギャビー「クリスマスが近かった。『車の免許を取るために(アメリカに)戻る』って言っていたけど、なぜか号泣していた」
━━お母さんから最後にかけられた言葉は?
ギャビー「『絶対に戻ってくる』って。私は『一緒に行く』って泣いて」
「戻ってくるね」そう約束した母親が再び姿を見せることはなかった。その後、父は日本人の妻を迎え再婚したという。
━━なぜ、離れ離れにならなきゃいけなかったのですか?
ギャビー「わからないです。お父さんにも聞いたことはない。育ててくれたお父さんにそんなことを言うのに申し訳なさがあって。『俺じゃダメやったとや』と言われて『いや、そういうのじゃないの』という(やり取りが)想像できる。父へのリスペクトがあるので、その話は絶対にしたくない」


