■「数学は男性のもの」という同調圧力と教育現場のバイアス
素粒子物理学者で、日本物理学会の副会長も務める野尻美保子氏は、暗黒物質の研究からAI分野まで幅広く手掛けるトップランナーの一人だ。野尻氏は「才能のある人は女性にも男性もいる。ただ人間のリソースとして、少しもったいないことになっている」と、女性研究者が少ないことによる国としての損失を指摘する。
特に教育現場における「無意識のバイアス」を危惧しており、中高生へのアウトリーチ活動を通じた実感としてこう語る。「なかなか数字が動かない。もうこれは保護者の方とお話ししないといけないと最近すごく思う」。さらに 「(学校では)ジェンダーバイアスがあることを教えるのに、ようやく2、3年前に中学の先生向けに教材が初めて配られた」と、遅れを指摘する。
この「教育段階での障壁」について、2ちゃんねる創設者・ひろゆき氏は「共学の場合は、なんか数学とかは『男性がやるもんだ』という同調圧力に、女性が結構納得してしまう」と分析した。近畿大学 情報学研究所 所長の夏野剛氏も、理数系に進むことが「ぼっち(周囲から浮く)」に繋がる女子中学生特有の心理的ハードルを指摘し、構造的な難しさを強調した。
現在、ボストン大学で感染症疫学者として勤務、さらに2児の母である塩田佳代子氏は、日本で研究の道を志した際に直面した強い違和感を振り返る。「獣医学の学生だった時に、将来WHOやCDC(アメリカ疾病予防管理センター)で働いてみたいと周りの大人に話し始めた時、『家庭を持ちたいのか、研究者になりたいのか、どちらなのか。留学をしたら婚期を逃してしまって結婚できなくなるよ』というようなことを言われて、すごく強い違和感を覚えた」とし、理想的な環境を求めて渡米を決めた。
そんな塩田氏が衝撃を受けたのは、多様な生き方が「自然なもの」として受け入れられているアメリカの文化だった。「例えば臨月の先生が授業をしていたり、子供を連れて授業に来る先生や学生がいたり。私自身も長男は大学院時代に産んでいる。子どもを授業や会議に連れて行くことはしょっちゅうある」。また 「結婚をして、子どもを持って、家庭を持って、それでも仕事していいんだ、それが自然なこととして受け入れられている世界もあるんだと衝撃的に思った」。
塩田氏は、コロナ禍でワンオペ育児と激務が重なり「キャリアのおしまい」を覚悟した時期もあった。「仕事に100%打ち込める状況ではなくなった。自分の子どもを膝の上に乗せながら連邦政府との会議に出たこともある。そうしているうちに、今自分がやるべきことは自分の子どもにちゃんと向き合って子育てをすることだった。この時初めて、自分のやりたい仕事にNOを言うという経験をした」。
周囲の仲間たちが次々と有名誌などに論文を掲載していく様子を目の当たりに、一時は産後うつにもなったが、コロナ禍も落ち着き保育園に子どもを預けられる環境が戻ると、以前のように現場復帰できた。アメリカでは「キャリアの構築の方法っていうのが1つではない」ため、その後も第一線に復帰できているという実体験を語った。
■「直列の人生モデル」がもたらすリカバリーの困難さ
