
日米の両政府は、アメリカが関税を引き下げる代わりに、日本が関税交渉で日本が約束した84兆円規模の対米投資のうち、1号案件の3つの事業が決まったと発表した。3つ州でのプロジェクトの事業規模はあわせて360億ドル=約5兆5000億円にのぼるが、対象となった3つの州は11月に予定される中間選挙や、3年後の大統領選挙の激戦州だ。トランプ政権と与党・共和党に黄色信号が点灯している州でもあり、アメリカ側の選定は、あからさまな選挙対策との疑念は拭えない。
(テレビ朝日外報部 斉木文武)
オハイオ州はバンス副大統領の地元 「忘れ去られた人々」の町に巨大発電所
投資が決まった州を順番に見て行こう。まず最大の投資案件となったのは、ラストベルトの一角、オハイオ州のガス発電所(総費用:330億ドル)だ。オハイオ州はバンス副大統領が生まれ育った地元。かつては大統領選の雌雄を決する代表的な激戦州だったが、近年は共和党支持が拡大し共和党優勢の「赤い州」の仲間入りしていた。ところが副大統領に転出したバンス氏の穴を埋める中間選挙での上院選で、民主党の元職が指示を伸ばし接戦になっている。知事選も民主党にも勝機がでてきたとの見方も出てきた。
11月の中間選挙での敗北は3年後の大統領選の苦戦にもつながる。共和党の大統領候補にとって、オハイオ州の確保は勝利への絶対条件だ。トランプ氏の後継一番手はバンス副大統領とされるので、ここは何としてもテコ入れしたいだろう。建設地のポーツマスは、かつては鉄鋼業で栄えた人口2万人弱のアパラチア山脈の山麓にある小さな町。バンス氏を世に送り出した著書の「ヒルビリー・エレジー」の舞台とも重なる。アメリカの繁栄から「忘れ去られた人々」が多く住む地域に、アメリカ最大の発電所を建設するというのは、バンス氏にとっては象徴的な意味を持つかもしれない。
「タラリコ旋風」のテキサス州 トランプ“牙城”で民主党の上院奪還に現実味
1号案件の2番目の規模がテキサス州の石油輸出施設(同、21億ドル)だ。テキサス州は、共和党の牙城だが民主党の伸びが顕著になり、中間選挙で最大の注目州となっている。1月31日の州の上院補欠選挙で、トランプ氏が「真のMAGA戦士だ」と称賛し投票を呼び掛けた候補が惨敗した。
そのテキサスでは、3月3日に民主・共和両党の秋の中間選挙に向けた候補者選びのため予備選挙が実施される。注目を集めているのは、民主党の候補者選びだ。前回の大統領選挙でハリス氏の応援団として活躍した黒人の候補ジャスミン・クロケット下院議員と、ジェームス・タラリコ州下院議員の争いとなっている。
このタラリコ氏は、全国の民主党支持者やリベラルなマスコミの「希望の星」となっている。元公立中学校の教師で、いまも牧師を目指しているという朴訥な36歳の白人男性。キリスト教信仰を前面に出しながらLGBT(性的少数者)の権利擁護も訴え、人工妊娠中絶にも反対する。反トランプながら、選挙は「右か左かではなく、富裕層と市民の戦い」との主張は、分断に疲れた有権者に響いたのか、あっというまに全国区の知名度を得た。
移住者増で地殻変動がすすむテキサス州 「青い州」化を阻止へ共和党の焦り
民主党の予備選が盛り上がると、その熱は本番の中間選挙にも大きく影響する。リベラルではあるが穏健なタラリコ氏に「全国で勝てる候補」の可能性を夢見る支持者も多いはずで、共和党にとっては3年後や7年後の将来を見据えても脅威だ。オバマ元大統領は連邦上院議員となってから、わずか4年で大統領選に勝利した
実はテキサス州は、ハイテク産業などの進出がすすみ、安価な住宅や快適な天候を求めて、東部や西海岸からの移住者が急増している。こうした移住者は一般的に民主党支持者が多いとされる。テキサス州は近い将来「青い州」になる、との予測まで取りざたされている。テキサスの共和党がここ数十年で最大の脅威にさらされる中で、テキサスの伝統的な基幹産業の石油への投資を、このタイミングで推し進めるのには、選挙を十分に意識した動きだろう。
“激戦州”ショージアありきの決定か?受け入れの自治体も公表されず
最後は、人工ダイヤモンドの製造拠点の創設するジョージア州(同、6億ドル)だ。
オハイオ州、テキサス州が3年後の激戦州候補だとすると、ジョージア州は正真正銘の激戦州で、大統領選ではトランプ氏が勝利した。中間選挙で改選される上院の議席は民主党のもので、民主党が上院の多数派を奪還するために死守しなければいけない。知事選挙でも共和党の現職が退任するため、両党の熾烈な選挙戦がすでに始まっている。
2020年の大統領選ではトランプ氏が敗れたが、選挙に不正があったと今なお主張する、いわくつきの州だ。FBIは今年1月にジョージア州の選管事務所を捜索した。トランプ氏の既に否定されている主張に沿って、FBIが動員される異常事態が今も続いている。ジョージア州へのトランプ氏の執着には並々ならぬものがある。
ジョージア州へのダイヤモンド施設の建設の受け入れる自治体については、地元報道では、今後数カ月以内に発表されるという。経済安全保障という明確な目的はあるとしても、政治的に重要なジョージア州ありきの、の実績作りと見えても仕方がないだろう。ジョージア州も企業進出の結果、移住者が増え民主党支持が厚みを増しつつある。中間選挙での勝利は、3年後の大統領選挙を見据えたうえでも重要になってくる。
アメリカ分断の最前線“激戦州”への投資は政治リスクを生まないか?
こうした日本からの投資は、経済安全保障やエネルギー安全保障、ひいては同盟関係の強化につながるとの考えもあるだろう。関税交渉の着地のために他に手段はなかったのかもしれない。ただ、投資資金は、日本の政府系金融機関の融資が元手となり、損失が生ずれば国民負担となる可能性すらある。バイデン政権までのアメリカとの貿易交渉の成果が、トランプ政権で反故にされたように、3年後の大統領選の結果、現政権と結んだスキームが、次の政権下でも維持されるのか。
分断の最前線でもある「激戦州」への投資だけに、アメリカ政治や選挙結果に左右されるリスクが付きまとうことは、間違いないだろう。
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