■瀧波ユカリ氏が指摘する卑怯さ「“怒られちゃった俺”のスタンス」
「結婚制度が性的な自己決定権の上にあるとは思っていないので、不倫=けしからんとは思わない。ただ、『妻に叱責されまして』ともったいつけた言い方をするけれども、『で?』って思う。怒られてあなたはその罪深さに気づいたんですか。反省したんですか。その上で妻にどのような謝罪をして、それは許されたんですか」
「『叱責された』って妻を主体にして、自分を受け身にしている。すごく受動的な立場になっている。なんなら怒られた被害者ぐらいのスタンスを取っている。“怒られちゃった俺”みたいな。そういう点ですごく卑怯な言い方だと思う」
「家庭の話を持ち出して、自分は家庭の中でちょっと弱い立場なんですよっていうことをチラ見せしている」
「“茶化し”とか“混ぜっ返し”の要素もあるなと思っていて。『妻に怒られました』と言って、笑いが起きたりする時もあるじゃないですか。それって言う側と笑う側の共犯関係があると思う。それが立場によっては『は?何言ってんの』とリアクションされる場合もあると思うけれども、政治家で特に役職がついている偉い人の場合は、周りが笑ってあげちゃったりする。そういう状況に対する甘えがあると思う。これを言って許されちゃおう、周りも笑ってくれるからと。そこがすごく子供っぽいっと思ってしまう」
そうした謝罪を見た人が抱く感情についても言及する。「親しみみたいな感じで変換する人も結構多いと思う。こういう戦略にうっかり乗っちゃっているところはある。これを居酒屋とかで仲間内で言っている分にはいい。『今回のことで妻から怒られちゃってさ』とかそれはいいけれど、公の場で言うところにすごく甘えを感じる」。
「大人の模範として立って、仕事をして、国民から票をもらってそこにいるわけだから、ちゃんと模範的な発言をしてもらわなきゃ困る。『妻から怒られちゃって』ってすごい子供っぽいと思いません?本当に恥ずかしい。これを恥ずかしいって思っていない、その神経が大丈夫?と思ってしまう」
(『わたしとニュース』より)
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