■言語哲学者が指摘する「脱家父長制のアピール」と「悪さの小ささ」
謝罪の際に妻から怒られたことを持ち出すケースは一般的にも使われがちだが、政治家の会見でもたびたび見受けられる。
「妻からも大変大きな叱責を」(過去の不倫関係を認めた松本洋平文部科学大臣)
「家内も意外だったみたいで、家で責められている」(アプリ開発をめぐる企業への脅し発言をした平井卓也元デジタル大臣)
「妻から電話があって怒られました」(『コメを買ったことがない』と発言した江藤拓元農林水産大臣)
「妻から怒られた」発言の裏には、「問題の矮小化」や「謝罪もどき」を指摘する藤川准教授。加えて「脱家父長制のアピール」が背景にあると説明する。
「家父長的な制度には従っていなくて、あくまで妻と対等な立場、あるいは妻の方が上で、『だからこそ妻は私を怒ることができるんだ』という。『男女対等なんですよ』ということがあるべき姿として、理想として私たちが持っているんだと思うんですけど、家父長制というものに対する社会のネガティブなイメージがあって、そのネガティブなイメージに寄り添う人ですよというのが、一つアピールの仕方になると思う」
そんな「妻から怒られた」発言を、政治家たちはどんな場面で使うのか。
「国際問題とか大問題だったらどれだけ頑張ってもその悪さを小さく見せることがなかなかできない。だけど、微妙で中程度で『大したことないのかな』と思わせられそうな事柄というのがあって。『妻に叱られた』と言うことで、小さく見せられるような悪さの絶妙なバランスを政治家は見極めて使っているのかなと思う」
瀧波ユカリ氏が指摘する「持ち物自慢」と狡猾さ
