■男性器崇拝の祭りは国内で31以上とも
男性器を崇拝する祭りは、日本国内でも31以上はあると言われている。川崎市の金山神社で行われる「かなまら祭り」もその一つ。ピンク色のポップなデザインの男性器神輿がSNS映えすることから、近年は多くの外国人観光客で賑わっているが、そのルーツは極めて真摯な信仰にある。同神社の禰宜(ねぎ)を務める町田喜江氏は、祭りの起源について次のように語る。
「元々は江戸時代に端を発している。川崎市が発展していく中で『飯盛女』という方たちがいろいろな病にかかった時、下(性器)の病が治るようにと祈願した。春に地べたに座って、春の息吹き・芽吹き、いろいろなものを再生する力を取り込んで、自分たちの再生を願うということが始まりだった」。
明治時代に一度は取りやめとなったが、昭和40年代に海外の学者による調査などをきっかけに復活を遂げた。町田氏によれば、復活当時は訪れる人のほとんどが外国人だったが、祭りの盛り上がりとともに日本人も再び集まるようになったという。復活後、神社側には「やめろ」というクレームはほとんど届かず、むしろ「どうしてこういうことをしてるんですか」という探求心からの問い合わせが多いという。
「当社の宮司がいつも謳っていたのは『目的は世界平和』ということ。人種も国籍も性別も、いろいろなものを取り払って、皆さんが楽しんでストレスをなくすことで、いろいろなものをまた生み出せるのではないかということを目的としている」祭りの意義を強調した。
なぜ、これほどまでに生々しい「性」の象徴が神聖視されるのか。民俗学研究家の井戸理恵子氏は、日本人が古来より持っていた二元論的な世界観を指摘する。
「日本には、女性器をシンボルとする祭りもある。昔の人たちは『陰と陽』がなければ私たちの世界はないと、二元論的に必ず2つのものを分けて考える。それの両方が極まると両方が強くなるという意識がある。七福神の大黒様を後ろから見ると男性器の形に見える。大黒様は五穀豊穣のシンボルだが、実はあの形も五穀豊穣や子孫繁栄というものとして、昔から日本人は見ていた」。
さらに井戸氏は、祭りがかつて「共同体のセーフティネット」として機能していた側面にも触れた。祭りの期間中は「ハレの日」として日常のタブーが緩み、神様のせいにして男女が交わることも許容される場であったという。
「祭りの時は、人間の『たがが外れる』ところがある。特に日本人は昔から、昼はすごく真面目に働いていても、夜になりお酒飲むとたがが外れるところがあり、それは海外の人から見るとちょっと不思議なものだった。祭りの時は祖先が帰ってきたり、神様がやってくる。それが一人ひとりの人間が依代(よりしろ)になっていく感覚がある。そうすると『神様が私たちに行為をさせた』という方便が出てくる」。
こうした「たがの外れ」は、単なる放蕩ではなく、共同体の資産としての子どもを増やすきっかけにもなり、災害時に助け合える人間関係を構築するための、生きるための知恵でもあった。
■ひろゆき氏「過去にこれが大事だと思う人がいて継承された」「クレームは無視していい」
