“5爺会見”に「正直やっちまったな」「でも、わたしが続かなきゃ」 中道から立候補→落選の新人たちは今

わたしとニュース
(3/3) 記事の先頭へ戻る

■“5爺会見”が出馬を後押し…「わたしも続かなきゃ」

 そもそも、なぜ反田氏は中道を選んだのか。結成会見を見て嬉しかったという反田氏は当時の思いを語る。

「結成会見を見て本当に嬉しかった。ずっと永田町で国会議員の秘書として働いていたので、政治は見ていて、自民党が総裁選でもなかなか子どもの話とか女性の話、普通に生きている私たちの声(がなく)、私たちを見ているのかな?と思うことが本当に多かった」

「批判も多い会見ではあったけれども、このまま高市(早苗)氏の人気に押されて、私たちの声が届かないのではないかと思っていた時に、覚悟を決めた先人たちが新しい党を作って、受け皿になろうと。分断とか対立が前の選挙では煽られていたが、そうではなくて協調する党を作ろうというのを見て、私も続かなきゃと思った」

 一方で、結成会見は「5爺」と揶揄されることもあった。

「正直、『やっちまったな』とは思った。引いて見てみれば、やっぱり絵面としておじさんしかいない。ただ、開けてみれば自民党より立憲や公明の方がジェンダー平等は進んでいるし、政策的にも不安は全くなくて。むしろ私たち世代の女性が見えていないなら出て行かなきゃいけないと思った」

「もう一つ、ピンチの時だけ女性を担ぎ出すのは、あまり好きではなくて。ただ、大事なことを決める幹部の中に女性議員がいなかったという事実は本当に猛省すべきだとは思う。今後も変えていかなきゃいけないところだろう」

 これを聞いた能條氏は「ずっと受け皿になる野党がない中で、新党が立ち上がることにビビッと来るみたいなのは少しわかるような気がするが、それで立候補まで突き進めるのはすごいと思った」としつつ「議員の秘書をされている中で、正直自民党から出た方が政策が通る、みたいなのは結構あると思う。自分の政策的なスタンスは一旦置いておいて、まずは自民党に入ってできることからやっていく。そうではなくて、こっち(中道)となったのはどういうところだったのか」と疑問を投げかけた。

 反田氏は「私が仕えていた議員は無所属だったけれども、野党側の動きとか議員とかいろいろ見ていた。まずは自民党に入って中から(変えていく)というのをよく聞くけれど、実際それも本当に難しいと思っている。中には子どものこととかジェンダー平等とか、もちろん自民党にも『中から変えていくんだ』と一生懸命やっている方がいて、それは一つの道だとは思うけれども、私は野党側からみんなの声を受けて、それを政策に反映するとか法律にしていくというロールモデルがいたので、私はこっちからやりたい、嘘偽りなく訴えることができると。そして中道ができた、『よし、やる!』みたいな」と自身の考えを明かした。

「例えば、選択的夫婦別姓とか同性婚とか、自民党でこれまでずっとできなかったことは、私にとっては当たり前にやらなきゃいけないことだと思っていた。加えて、外交とか安全保障に関しては現実路線で行ってほしいよねと思っているし、そういう声は多くあるというデータもあったので、中道はいけると思った。大きな受け皿になると思って、今でも思っている」(反田氏)

(『わたしとニュース』より)

この記事の画像一覧
この記事の写真をみる(8枚)
このまま画像を見る
続きは広告を見た後にご覧いただけます
クリックして広告を見る