“毒親”を許さなきゃのプレッシャー…当事者たちの苦悩に精神科医「『許すべき』から一旦、手を離した方がいい」

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■母の過干渉に苦しんだ当事者

りんぎりんさんのケース
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 現在は夫と2児、義母と5人で暮らすりんごりんさんは、過干渉な母親に育てられた。

 「私の場合は、母が暴力を振るうタイプではなかったが、私に対して理想像がとても強かった。こう育ってほしい、こういう進路を歩んでほしいと、私に押し付けたタイプだ。思春期に入り発育がよくなったころ『最近太った』と言われ、声変わりをした時も『昔のあなたの声はもっと高くてかわいかったのに、なんでそんなに低い声になっちゃったの』とも言われた」。

 過干渉は社会人になってからも続いた。

 「一日に何回も『連絡をよこしなさい』というのがあり、一人暮らしをしていた時期で残業があったり、職場のお付き合いで遅くなったりすると『どこで何してるの』と心配するような連絡がたくさん入っていたこともあった」。

 それでも結婚を契機に、母との関係に変化が出始める。きっかけは夫の言葉だ。

 「結婚して、母と離れたのが一番大きい。あと、夫が母の過干渉について『それは過干渉です。あなたの娘かもしれないが、私が選んだ人でもある。あなたがそこまで言うことではない』という話を何度もしてくれた。母が義理の実家の方に来た時に、私が義理の両親と接している姿を見て『私の娘ではなくて、今の家のお嫁さんになったんだ。もう私はちょっと手を引くべきだ』と考えが変わり、それで一度は許した感じになった」。
 しかし、現在は再び「許せていない」という感覚に陥っている。

 「1年前に母が急に倒れて入院をした。母の体調もよくないし、入院ということで急に環境も変わったことで、母が以前のようなパニックした雰囲気をすごく出してくるようになってしまった。私が病室に行くと、急に怒鳴られることもあった。自分でも許してはいたので、それぐらいは大丈夫だろうと思っていたけれど、いきなり横からボンと殴られたような感覚だった」。

 TikToker・YouTuberのYuna氏も、自ら「毒親出身」と公言する。

 「私は母親と7年か8年か、縁を切っていたことがある。うちの場合は、母親がネグレクトでメンタルに不調を抱えるシングルマザーで、お金もあまりなかった。半年間、家にいるのに口を聞かなかったり、それでも外出は禁止とか結構めちゃくちゃな家庭環境だった。常に気を張って、お母さんの機嫌を取ってあげなければいけなかった」。

 Yunaが「一番うれしかった」と思い出すのは、母親に友だちがいたことだ。

 「今でも覚えているが、お母さんが初めて友だちと遊びに行った時が、一番うれしかった。私がハッピーにしてあげなくても、お母さんはハッピーなんだと」。

 現在の心境としては、母親を許すというよりも「過去の自分をちゃんと和解してあげたい」というものだという。

 「過去の体験を1回書き換えることが、私にとってはすごく大きかった。母親といると沈黙がすごく怖くて、また機嫌が悪いのではないかと思ってしまったが、その沈黙であったり、母は話を無視することもできて、ようやく私は卒業できたと思えた」。

■精神科医「許せない自分を許す」
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