日本最東端「南鳥島」とはどんな島なのか
南鳥島は東京都小笠原村に属し、都心からおよそ2000km離れた日本最東端の島だ。民間人の立ち入りは禁止されている。父島で行われた村民説明会では、自然環境への影響や風評被害を懸念する声が出ていたという。
ABEMA的ニュースショーは、南鳥島への視察経験もある小笠原村議会の宮城雅司議員に話を聞いた。宮城氏は「こんな形で有名になるのは正直ちょっと不本意な部分もないわけではないんですけど…」と心境を明かす。
「自分たちの小笠原には原発はないですけど、間接的には恩恵を受けて暮らしているので、私たちがしっかりとエネルギーっていうのはどうやってできて、どういう風になって、そしてどういうゴミができるのかを知るにはいい機会ではないか」(宮城氏)
核のゴミ問題以外で南鳥島が話題となったのは今年2月。島の周辺海域である日本海溝からレアアース泥の採掘に成功し、資源国家としての期待が高まった。
一体どんな島なのか。宮城氏は「一言でいうとココヤシと海鳥の島って感じ。海の音、風の音、海鳥の声が聞こえているので、静かではないんですけど、すごく不思議な世界」と語る。
南鳥島は1辺が約2kmの三角形の平坦な島で、広さは皇居と同じぐらいだ。島の発見は諸説あるが、記録に残っているのは1864年で、アメリカ船籍が島の存在を確認し、アメリカ人宣教師により「マーカス島」と名付けられた。
その後、日本人の水谷新六が1896年に上陸し、アホウドリの捕獲事業を開始。2年後の1898年に「南鳥島」と命名し、日本の領土に編入された。1900年に入ると肥料資源となる「鳥糞石(グアノ)」が取れたことから、採掘に従事する労働者が数十人いたと言われている。昭和初期になると、漁業を営む30人が定住。その後、住人全員が島を離れたが、1935年に気象観測の島として重要な拠点となった。第二次世界大戦では要塞として機能し、アメリカ軍の空襲などで191人が戦死している。現在は自衛官や国土交通省、気象庁の職員ら約30人が駐在しており、1370mの滑走路を利用した航空輸送が交通手段となっている 。
3カ月スパンで駐在する気象庁職員たちの生活
