「私にも責任が生じる」獄中の受刑者が被害者・遺族へ綴った謝罪の言葉
石元受刑者から届いた便箋には、被害者や遺族に対する深い謝罪の念が丁寧な文字で並んでいた。「被害者やその遺族の方達に対しては、軽々しく言葉に出来ないくらい申し訳なく思っています。私がどのような主張をしたところで、被害者が被害者である事に変わりはありません。また、過去に仲間だった人間達が起こした事件である事に間違いはありません。私にも責任が生じると思っています」。石元受刑者は判決が確定した今も、証拠の隠蔽や改ざんなど不当な捜査、理不尽な裁判があったと訴えながらも、 かつての仲間たちが引き起こした”人違いによる殺人”という凄惨な悲劇に対し、自らの責任を重く受け止める通説な言葉が綴られていた。
さらに手紙では、当時の関東連合の歪な構造についても言及されている。「あの事件が起きた当時、関東連合は3つに分かれていました。1つは見立を中心とした山口組を後ろ盾とするグループ、もう1つは住吉会を後ろ盾とするグループ、そしてそのどちらにも属さなかった中立のグループ…私はそのグループでした。」。そして、石元受刑者によると、誰よりも用心深かったという見立容疑者が、クラブという非常に目立つ場所へ自ら赴いた理由については、「住吉会を後ろ盾とするグループに対するパフォーマンス、示威行動だったのは間違いないでしょう」と、組織内での内部対立が招いた惨劇であったとみている。
「最後は出頭で終わらせてほしい」元メンバーが切望する“事件の幕引き”
