
建物を巡りながら街の歴史や魅力を再発見するイベント「東京建築祭」。5月16日~24日の日程で行われました。気になるあの大使館の内部や、取り壊しの危機を乗り越えた歴史的建築を取材しました。
皇室とのつながりも カナダ大使館
参加建築数151件。普段は見ることができない、貴重な場所の公開もある東京建築祭です。中でも、目玉となっているのが、カナダで最も有名な建築家の一人、日系カナダ人のレイモンド・モリヤマ氏が設計したカナダ大使館。
紀真耶アナウンサー
「青山通りにあるあちらの建物、見たことあるという方も多いのではないでしょうか。カナダ大使館です。きょうは中に入れるということで、ドキドキしています!」
実は、日本の皇室と関係の深い大使館でもあります。案内してくれるのは、広報の野口さやかさんです。さっそく、中へ入ると…。
紀アナ
「カナダの国旗と日本の国旗が…」
カナダ大使館広報部 野口さやかさん
「こちらがフォトスポットになっていまして、ご来館される皆様もこちらで写真を撮っていかれます」
このホールには、日本の皇室との関わりを示す“あるもの”があります。
野口さん
「こちらにあるのが、ソープストーンという北の先住民が掘った石の彫刻のアートになります。高円宮殿下と妃殿下から寄贈いただいたものになっております」
カナダのクイーンズ大学に留学経験のある高円宮さまは、このソープストーンの熱心なコレクターでもあったそうです。
紀アナ
「躍動感ありますね。動物たちが」
野口さん
「可愛らしい動きしていますよね」
さらに、こんなエピソードもあります。
野口さん
「カナダ大使公邸のレセプションに出席された際に、当時通訳を務められていた久子妃殿下とお会いになって、それでご結婚されたという経緯があります。大使館は普段入れない所というイメージがあるかもしれませんが、平日は一般公開していまして、身分証明書だけご持参いただければ、どなたでも見ていただける」
そんなカナダ大使館では、東京建築祭のために特別公開された場所があります。
野口さん
「ここはレイモンド・モリヤマルームといいまして、外交する大使館の要となるようなお部屋」
紀アナ
「ルールはあるんですか?どこに誰が座るというか」
野口さん
「日本の席次とカナダの席次で、上位が逆になることがありまして、カナダの場合は、景色がいい方がお客様なんですね」
「おかけになってみますか?」
紀アナ
「いいんですか?ちょっと緊張しちゃうかも。この景色を眺めながら、友好的な会話が生まれますね、これは!」
「程良い距離感で」
さらに、日本の僧侶であり庭園デザイナーの枡野俊明さんが手掛けたカナダ・ガーデンも見どころの一つです。こちらを案内してくれるのは、カナダ大使館首席公使のローリー・ピーターズさんです。
ローリー・ピーターズ首席公使
「始まりは、大西洋から、東から西までカナダの地形を石で表しています」
国土の約50%を占める世界最古級の岩盤「カナダ楯状地」が平らな石で表現され、そこから中央部にある大平原を抜けると、カナダの南西部にあるロッキー山脈に到達します。その手前にある、この石は?
ローリーさん
「イヌクシュックという4000年前から伝わる道しるべです。ハンティングの時など目印として、石を積み上げる風習があるんです。ポーズをしましょうか」
その先には、穏やかな波を表したオブジェで太平洋が表現され、反対側へ渡ると。
紀アナ
「日本?」
ローリーさん
「日本です!」
紀アナ
「カナダから日本に辿り着くんですね」
この枯山水の一番奥にある大きな岩。よく見ると、縦に二つに割れています。
ローリーさん
「一つは日本です。もう一つはカナダです。程良い距離感で友好関係を築くことを表しています」
紀アナ
「いい距離感で仲良くしていきましょう、ということですね」
ローリーさん
「そうですね!」
港区で出土した土器も
続いて向かったのは、白金台駅のすぐ裏手にある、港区立郷土歴史館。壮大な構えのこちらの建物を設計したのは、東京大学の象徴ともいえる、通称安田講堂などを設計した内田祥三教授です。
港区郷土歴史館 学芸員
川上悠介さん
「内田ゴシックと呼ばれているんですけども、中世のゴシックではなくて、ちょっとモダンにアレンジした建物として建設されているのが特徴になっています。昭和13年(1938年)に建設された建物で、元々は国の公衆衛生院という、公衆衛生の技師さん、いわゆる今では手洗いうがいをどうしたらいいとか、感染とかを防ぐために調査・研究していた機関になります」
当時、野口英世が所属していたアメリカのロックフェラー財団の寄付を受けて建設された、日本の公衆衛生の要の場です。現在は、港区の有形文化財として指定され、中を見学することもできます。
入り口を入ると、円形の吹き抜けや天井のしっくいレリーフが特徴的な華やかなホールがあります。さらに奥へ進むと。
川上さん
「こちらが旧講堂になります。床・壁・天井と当初の形がしっかり残されております。例えば、始業式、終業式、そういうセレモニー的なところで多く使われていた施設のようで、法的に今、ここを講堂として使うことはできないんですけども、最近はドラマ『虎に翼』の試験会場として使っていただきました。基本的には当初のものを大切に残しながら、活用していく」
そうして残されたものが、館内の至る所にあります。
川上さん
「これはおそらく昭和13年、この建物の建設時に作られたエレベーターだと思われます。注目のポイントはこのボタン。文字も難しい漢字を使っていて『運転中はボタンを押しても無駄です』。昔ながらの表現が見られるのが面白いですよね」
他にも、壁に大理石が使われたトイレの跡や、壁に残されたドアなど、当時のなごりを探す楽しみも魅力の一つです。
そんな郷土歴史館には、ミンククジラの標本や、港区で出土した縄文や弥生土器に触れられるコミュニケーションルームのほか、建物内には、がん在宅緩和ケア支援センターなども入る複合施設となっています。
こうした有効に活用されている文化財のことを「リビングヘリテージ」と呼び、港区内には他にもあります。
取り壊し危機から文化財へ
紀アナ
「歴史ある建物が見えてきました」
やってきたのは、港区芝浦一丁目にある港区立伝統文化交流館です。
紀アナ
「いつごろできた建物なんですか?」
港区立伝統文化交流館 館長 原正子さん
「昭和11年に建てられた建物になります」
紀アナ
「昭和11年!?」
目黒雅叙園なども手掛けた大工の棟梁、酒井久五郎氏が設計しました。当初は、芸者の手配からお金の管理、さらに稽古場も兼ねた「見番」として使われていました。戦後は、芝浦港などに全国から集まる、港湾労働者たちの宿泊所として活用されてきました。
紀アナ
「中も歴史感じますね」
原さん
「そうですね。このカウンターや階段も当時のままですね」
こちらの階段は普段でも利用できるそうですが、今回は建築基準などのため使えなくなった裏階段を、東京建築祭のために許可を取り、特別公開していました。さらに、2階部分には約100畳の広間に設けられた舞台があります。
紀アナ
「元々舞台だったんですよね?」
原さん
「そうです、このままです。ここで踊っていらしたと思います。芸妓さんたちが。今は、コンサートだったり寄席だったり、中には人間国宝の先生とかいらっしゃって、素晴らしい方々もお使いいただいているというのが現状です」
そんな伝統文化交流館ですが、実は2000年には、老朽化のため一度は取り壊しが決定していました。町の人の10年近くにわたる請願の末、2009年に東京都から港区に譲渡され、有形文化財に指定されます。文化財と地域での活用の両面を実現するため、長い時間をかけ、細部までこだわった修復が行われました。
原さん
「つぎ木がしてあるんですけど、新しい木は20年30年経った時には、(古い)茶色の色となじんでくると。建築家の先生方が一番最初の見番時代の形に戻そうと、いろいろ工夫をされてる建物です」
(2026年5月20日放送分より)
この記事の画像一覧
