旧オランダ領 生存者「国民いつも被害を受ける側」

速報
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 オランダ人が強制収容所へ送られる中、現地にルーツをもつファンデンへメルさんは収容を免れました。父は日本軍に協力していましたが終戦間際に拘束され、帰らぬ人となりました。

ファンデンへメルさん「日本の占領時代はとてもひどかった。塹壕を掘り終わったら海に捨てられる(と父から聞いた)」

 戦後に夫となるファンメンクセルさんはオランダ領東インド軍の兵士で、弟とともに長崎市内の造船所で強制労働中、原爆に遭遇しました。

ファンデンへメルさん「夫は、ひん死の弟のためにコメを盗んだら銃剣で3カ所刺されたんです」

 結婚した2人を含め、多くの人がインドネシア独立を機にオランダへ移住しましたが、日本の占領期間の賃金は未払いのままでオランダ政府に対して支払いを求めていました。

 ファンメンクセルさんは1986年に亡くなり、オランダ政府は2015年に一時金を支払いましたが遺族は対象外でした。ファンデンへメルさんらは今も支払いを求めています。

ファンデンへメルさん「(日本の)国民を悪く言うことはできません。国民はいつも被害を受ける側だからです」「戦争を決めるのはほんの数人の権力者です」「私はただ願っています。世界中のすべての人が幸せでいられることを」

(ANNニュース)

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