泉ピン子、継母と複雑だった家庭環境を明かす「まあ意地悪でしたね」「死んでも親戚には小皿一枚あげたくない」

わたしとニュース
泉ピン子
【映像】幼少期の頃の泉ピン子と父親
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 ニュース番組『わたしとニュース』に俳優の泉ピン子が出演。その際、自身の複雑な家庭環境や幼少期の経験について語る場面があった。

【映像】幼少期の頃の泉ピン子と父親

 自伝『ピン!として逝くのもいいじゃない ピン子78歳、最後に残したい言葉』(徳間書店)を刊行した泉 。著書の中でも書かれている複雑な家庭環境について、「だからこの男(父親)が悪いのよ」と切り出した。

 「父親が再婚した…というより女ができたんだな」と当時を振り返る。「継母は美容師だった。『おしん』の(演技を)習いに行っていたところに行ったら、『あんたのお母さんがいた美容院だったのよって、髪結い処が。それで『ああ、そうなの…』って。(継母は)花柳小菊さんなどの日本髪を結っていた人で、とてもおしゃれな人だった。上から下まで新しいものを着ないと歌舞伎座に見に行かなかった人だと聞いて。『私の着道楽はそこから来たんだな』と思った』(泉、以下同)

継母について「まあ意地悪な母親でしたね」
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